第46話 それどこ!?

「あ、あの……ど、どうかしましたか?」


 まごまごしている優衣菜に、ややれったそうな声で配達員さんが尋ねてきた。

 優衣菜は意を決したようにゴクリと唾を飲み込むと、


「あ……あのその……いま、と、と、とりこんでて……パ、パンツ履いてないんで……その……その、ちょちょっと待っててもらえますか!!!!」


 勇気を出して正直にそれだけを伝えると、バタバタと階段を上っていく。


「……あ、あのそれでしたら非対面でもお渡しできるサービスがありますが、あの~~もしも~~し……?」


 そんな配達員さんの声も聞かず、優衣菜は自分の部屋に飛び込み、ドレッサーを乱暴に開けた。

 中には先日、孝之と一緒にデパートで買ったよそ行きの服が何着か入っていた。

 が、


「だ、だめだめ!! これはいつか孝之とのデート用に温存してあるやつ!! 他の男に見せるなんてとんでもない!! 初めては孝之じゃないとだめ!!」


 色んな思惑がアリ、いま着ることなんてできない。

 引き出しの中には一度着た〝童Tを殺すセーター〟も入っていたが、雰囲気から察するに配達員さんは立派な非童貞オトナ。とても通用する相手とは思えない。


 とういかそういう問題ではない。


「ダメダメ私、落ち着くの……落ち着くのよ……私。混乱してはダメ」


 スーハースーハー。

 とりあえず深呼吸。気持ちを落ち着かせる。

 そもそも普通の服なんて、防御力が低すぎて着たところでなんの役(?)にも立たない。

 同じことをさっきやりかけたばかりだろう。

 必要なのは、全身を硬い殻で覆うこと、それによる安心感!!

 それさえ得られれば、この際なんでもいいのだが……。


「すいませ~~~~ん。あのちょっと……いいですかぁ~~~~」


 下から配達員さんの困った声が聞こえてくる。

 ……マズイマズイ、もうこれ以上時間はかけられない。

 どうしようどうしよう!!

 頭をかかえた優衣菜の頭にピコーンと一つの閃きが点った。


「そうだ、孝之の部屋!! 宝箱!!」


 思い当たった優衣菜は、慌てて孝之の部屋に飛び込んだ。

 そして例の〝禁断の宝箱〟の前に立つ。


「こ……これが……私の、最後の希望……」


 冷や汗をしたたらせ、針金片手に、新調された南京錠を手に取った。





「すいませ~~~~ん。出られないのでしたらここに置かせてもらいますんで、了解だけいただけませんか~~~~……」


 何度か呼んでみるが返事はなし。

 二階のほうでなにやらゴトゴト音が聞こえるが……。


「まいったな……まだまだ仕事が残ってるんだけどな……」


 やれ困ったぞと頭を掻いて、顔をしかめる配達員さん。

 やがて扉越しに足音が聞こえてきた。

 よかった……やっと着替えが終わったのか?

 ホッとして胸をなでおろすが、


 ――――ガチャンガチャン、ガチャン……。


 足音がおかしいことに気づき首をかしげる。

 なにやら金属――――いや、プラスチックを床に叩きつけているような音だが?

 やがて――――カチ、ガチャリ、ぎぎぃぃ……。

 鍵が解かれて、ゆっくりと、わずかに扉が開かれた。


「あ、あの……ありがとうございます。で、こちら受取人の確認だけ……」


 してもらおうと、その隙間から中を覗き込むと、


「――――げっ!?」


 そこにいたのは一人の女……性?

 ?が付いたのはその人の顔が、いかがわしい箱で隠されていたから。

 そして体が、プラスチックでできた緑の鎧に包まれていたからである。


「あ……あの……か、確認を……」

「ふしゅー……ふしゅー……」


 箱の隙間から息を吹き出させ、やや震えながらその女性(?)は開けた穴から伝票へと視線を落とす。

 頭をすっぽりおおったその箱には『Lance』と大きくタイトルが書かれており、とても卑猥な格好をした二次元女性たちが、一人の絶倫青年に追いかけ回されているイラストが描かれていた。

 胸部と肩を中心に守られた、いわゆるブレストアーマーには漢字で『鬼畜王』とデカデカと筆書きされており、なんだかとても横柄な雰囲気を感じた。


「……うむ……たしかに……本人である。ふしゅーーーーーー……!!」


 とにもかくも、確認を終えた配達員は視線を泳がしつつ、


「あ、ありがとうございました~~~~っ!!」


 荷物を鬼畜王に押し付けると、足早にその場を退散した。





「…………こ、これは……な、なんなんだ…………?」


 夕方、帰宅した孝之は、玄関にたたずみ途方にくれた。

 家の廊下が泡だらけになっていたからだ。


 ごうんごうん……ごうんごうん……。


 洗面所から、壊れかけたモーター音が聞こえてくる。

 見上げる階段の先には禁断の宝箱が転がっていて、ぶちまけられた中身が点々と段を埋めていた。


 なぜか傷だらけになっている廊下。膝ほどもある泡を掻き分け、煙を上げている洗濯機のスイッチをなんとか止めると、中にはパンパンに詰め込まれた灰一色の衣服たちがサンドバックみたいに固まっていた。


 風呂場には、密かに宝物指定してあった『鬼畜王』の鎧が沈められており、その側には無惨に穴を開けられ水でフヤケた紳士ゲームのパッケージが。


 台所に行くと、焦がして真っ黒になった目玉焼きと、酢の匂いが立ち込める山盛り納豆が用意されていた。

 そして茶碗を文鎮ぶんちん代わりに置かれたメモには、


『孝之へ。お姉ちゃんはしばらく夢の世界へ留学してきます。お洗濯しておきました。お掃除しておきました。お夕飯も作っておきました。明日は一人で起きて学校へ行ってください。夜更かしはダメですよ? ちゃんと歯を磨いて寝てください。たまには部屋を片付けましょう。――――バラの国から』


 ――――ガタガタン。


 孝之の、膝から崩れ落ちる音だけが部屋に響いた。

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