第45話 誰か助けて
「……ま、まぁとりあえずイレてみましょう……」
悩んでいたって始まらない。
ともかく脱衣籠の中にある衣服を片っ端から洗濯機へと詰め込んでみる。
孝之が洗濯をするのはいつも週末。
普段は学校やら食事の支度やらで忙しいので、する暇がないらしい。
なので籠の中には4日分ほどの洗い物が溜まっていた。
二人分とはいえ結構な量。
一応、白物と色物は分けてあったが、その意味を知らない優衣菜はお構いなしに全部突っ込んだ。
途中、孝之の使用済みパンツを手に取り、じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと眺めること数十秒。
謎の思案のすえ、ゆっくりと首を振るとそれを黙って洗濯槽に落とした。
そして一言「あぶなかったわ」などとつぶやくが、なんのことかはわからない。
棚の上にあった液体洗剤を1本まるごと投入し、バケツで風呂の残り湯を槽の縁ギリギリまで張る。
そして唯一意味がわかる『洗い』を指定時間無しに設定すると蓋をしめた。
と、――――ごうん……ごうん……ごうん。
なんだか苦しそうな音を奏でているが、それでも回り始める洗濯機。
「よしよしちゃんと動いたわね。なんだ洗濯なんて簡単じゃないの。これだったら明日から私がやってあげてもいいわよね。……もちろんご褒美付きで。ふひょひょひょひょ」
下心丸出し笑いを浮かべながら、お風呂の掃除もやってしまおうと浴室へ。
シャワーを捻ったところで「まてよ」と動きを止める。
着ている死装束をつまんで、
「……どうせならこれも洗濯したほうがいいかな……? 何日も着てるし……濡れちゃいそうだしね」
つぶやくと、するすると帯を解いて脱いでしまう。
「ん~~~~……どうせならこれも、ついでだしね……」
ブラとパンツも同じく脱ぐと、激しく横揺れしながら回っている洗濯機へと、両方とも放り込んでしまった。
「やっぱり家事は要領良くやらないとね」
満足げにうなずくと、スッポンポン状態の優衣菜はにこやかに笑って風呂場の掃除を開始した。
するとすぐ――――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「――――はっ!???」
突然の緊急警報に息を潜め、うずくまる。
(だ、誰……!? きゃ、客……??)
まさかこんな時間に孝之が帰ってくるなんてことはない。
優衣菜は息を止めたまま、青ざめた顔でそろ~~りと玄関を覗き込んだ。
すると扉横のパターンガラスから、知らない人間の姿が透けて見えた。
ぼんやり見えるシルエットから、体格のいい男性だとわかった。
(無理無理……。いまこの家は留守です。誰もいませんお帰りください)
知らない人間。しかも男相手に応対などできるわけがない。
ここは居留守一択だと優衣菜は引き続き息をひそめて床に伏せた。
すると扉の向こうの男は、なにやら茶色の箱らしき物を抱えつつ、
「すいませ~~ん詐川急便ですが、三笠さ~~ん。いらっしゃいますか~~~~?」
ピンポンピンポン、ピンポ~~ン。
忙しそうに、またチャイムを鳴らした。
(な、なに~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぃっ!!!!)
それを聞いた優衣菜は目をフクロウのように真っ黒くする。
そういえば今日は通販で予約していたゲーム。半年前からリリースを楽しみにしていた超大作学園BLRPG『初恋はバラ味』の発売日じゃないか~~~~~っ!?
(し……しまった~~~~!! す、すっかり忘れていたわ!!)
いつもならゲームはお手軽なDL販売で購入するのだが、今作は限定版パッケージにかぎり、主人公『桐生院 隼人♂』とその恋人『楠木 愁斗♂』の水着姿アクリルスタンドと、声優さん特別収録のささやきメッセージが付いているのだ!!
「おっかしいな……留守かなぁ……」
残念そうにつぶやくと配達員さんはなにかのメモを書き始めた。
ご不在連絡票を書いているっぽい。
(ちょちょちょっと待って、待って!!)
ずっと楽しみにしていた
ここでオアズケなんて悲しくて泣いてしまう!!
優衣菜は慌てて
しかしこんなときに限って見当たらない。
いつもは玄関に置いてあるのに!!
じゃ、じゃあ代わりになるのもなにか、なにかないか!??
この際だ、身を守れるものならなんでもいい!!
洗面所を見回すが、着れるものはすべて洗濯機に入れてしまった。
っていうかただの服では防御力的(?)に役不足。
もっとちゃんと硬いものでないと!!
じゃ、じゃあ台所で中華鍋とフライパンでも!!
取りに行こうとしたら――――ことん。
玄関脇のポストになにかを入れる音が。
(いや~~~ん、絶対、留守伝票じゃ~~~~んっ!!)
無言で泣き叫ぶ優衣菜。
扉一枚隔てた向こうで、そんな全裸の女がいるとはつゆ知らず、配達員さんは足早に車へと戻ろうとする。
その影を見て優衣菜は、
「待ってーーーーーーーーっ!!!!」
思わず声を張り上げていた。
それを聞いた配達員さんはピタっと立ち止まり、
「……あ、なんだ、いらしてたんですね?」
ホッとした声で戻ってきた。
そしてあらためて、
「お届け物です。サインお願いできますか?」
開門を求めてきた。
「あ、はぃ~~……ぁのぉ~~……そのぉぅ……ちょっとぉ……いまぁそのぉ~~~~……」
「はい?」
蚊の鳴くような声で震える優衣菜。
配達員さんはうまく聞き取れず、首をかしげている。
(ど、どうしよう……)
鎧どころか一糸まとわぬ全裸の自分。
そうでなくても見知らぬ男と一対一で話すなど、あまりにも高すぎるハードル。
とはいえもう声を出してしまった以上、いまさら無視なんてできない。
この窮地をどう乗り切るか!??
全身を冷や汗でじっとりと濡らし、震えながら身を縮める優衣菜であった。
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