第41話 ピンポイント・ショット

「……さて、こんなもんでいいかな?」


 フリーマーケットアプリへの出品を終えて、一息つく孝之。

 ソファーの隣には、ピチピチのレオタードに忍者ソードを背負った優衣菜が色目をふりまきながら座っていた。


「ねぇん、たかゆき~~。今日のお姉ちゃんどう? ぐっとくるかなぁ?」


 そんなバカを無視して食後のコーヒーを傾ける。

 アホが着ているのは某スケベゲームキャラのコスプレだったが、最近は毎日のようにからかわれているので、そろそろ慣れてしまっていた。


 二次元好きでなにが悪いか。

 誰に迷惑かけることもない、人畜無害な性嗜好。

 恥じずに堂々としていればいいのだ。


 傷心合宿中、慎吾にそうさとされた。

 たしかにその通り、市場規模をかんがみれば二次元オタクなど全然常人の部類ではないか。世の中にはまだまだ上手の変態は山ほどいるのだ。

 こんなことで挫けてなどいられない。


 それに三次元ナマの女性にだって、まるっきり興味がないわけではない。

 慎吾と同じく、好みの女性ならばちゃんと人並みに恋もできる。

 そうでもない相手にナンパや合コンなど、無駄にアプローチする気がないだけ。


「……でもちょっとコレ高すぎるんじゃない? 売れないよこれじゃ」


 横から優衣菜に覗き込まれて、ハッと我に返る孝之。

 優衣菜が見ているのは、いま出品したばかりの商品ページ。

 なにを出品したのかというと、先日、優衣菜が放棄した家具一式。

 中古ショップに売るよりも、コッチのほうが絶対高く売れる確信があった。

 つけた値段は以下のとおり。

 

 本棚 

 高さ:175cm 幅:60cm 奥行き:17〜30cm 

 値段 50000円


 和風ちゃぶ台 

 木製丸テーブル直径70センチ

 値段 50000円


 学習机 セット(椅子、キャビネット付き)

 幅 約40.5cm 奥行 約47.5cm 高さ 約61cm

 値段 70000円


 シングル、収納付きベッド

 幅97×長さ211×高さ70cm

 値段 500000円


「ベッドが50万とか……いくらなんでもおかしくない? 本棚だって5万とか……中古だよ? 傷だらけだし、普通3000円とかじゃないの?」

「普通はな。……いいんだよこれでも。世の中には物の価値がバグっているヤツって案外いるんだから」

「そう? いやでもほら、服だって……一着10万とか……雑巾寸前のヨボヨボだよ? いくらなんでも高すぎるでしょ?」


 去年あたりまで愛用していた灰色スウェットの写真を見て、首をかしげる優衣菜。

 たしかこれは学生時代からずっと、五年くらい愛用していたものだ、裾も首周りもヨレヨレでゴムも伸びきっている。

 こんなもの古着屋に持っていっても、引き取ってすらくれないだろう。

 それを10万って……いったいどこの物好きが――――、


「あ」


 買うと言うのか? と思ったところで画面の通知欄にチェックが。

 開いてみると『どっきゅん国葬さんが「スウェット 上下 綿100% 」を購入しました。内容を確認の上、発送をお願いします』とのメッセージが。

「え? ……う、売れたの?」

「売れたねぇ」


 ありえない……と目を丸くする優衣菜に、してやったり顔の孝之。

 さらに購入者からのメッセージが入る。


『TAKAYOKI☆様へ。商品棚見させていただきました!! どれもすごく魅力的な品ばかりで目移りしています!! そこでご相談なのですか、出品されている商品すべてを予約させてもらうことは可能でしょうか?(ゼヒに!!)可能であれば、お金を工面でき次第、順次入金させていただこうと思っています(何年かかっても!!)他の人に買われたくありません。必ず全部買い取りますので、どうか一考お願いいたします!! あ、私16歳の女子高生です』


 コイツは慎吾である。

 今日、帰り際にささやいたのだ。


『あ~~あ、姉ちゃんの粗大ゴミどこで処分しよっかなぁ~~? ……そうだ、ベルカリにでも出すか? あそこなら色んな人に見られるし、きっとどこかの誰かが買ってくれるよ、うんそうしようそうしよう。え~~~~と、出品者名はTAKAYOKI☆でいいかな~~?』


 と。


 ひとり言のように。


 もちろん慎吾は聞いていた。

 耳たぶをパタパタ羽ばたかせながら。

 そして帰宅後さっそく糸を垂らしてみれば案の定、秒で入れ食い。

 醤油のシミがついたヨレヨレのスウェット(元値1000円)を10万で買うバカなど他にはいない。


 どっきゅん国葬(16歳)という名の慎吾へ向けて『いいですよ。ご予約ありがとうございます』とのメッセージを返してやる。


 よしよし、これで臨時的ではあるが、まとまった金が入ってくるようになった。

 どっきゅん国葬さんにはバイトを頑張ってもらうとして、明日の夕飯は焼肉パーティーでもしようかと考える孝之であった。

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