第40話 心の友

「……最終戦後の矢吹ジョーとは……貴様なかなか渋い芸を持っているな」


 いつもの教室のいつもの昼休み。

 椅子に座ったまま真っ白に燃え尽きてしまっている孝之を見て、慎吾は唸った。

 抜け殻感といい、達観した微笑みといい、完璧なやられっぷりだからである。

 なにが原因でこうなったのかは知らないが、朝からずっとこの調子なのだ、よほどのことがあったに違いない。


「もう昼休みだぞ? 弁当ぐらい食ったらどうだ貴様、おい?」


 焼きそばパンを頬張りながら慎吾なりに心配してみるが、


「――――……いらない……」


 ボソッと、それだけ答える孝之。

 目が完全に死んでいる。


 う~~~~~~~~む……と思案し、孝之のカバンを開けてみる。

 すると中にはしっかりと弁当らしきものが入っていた。

 察するに、今日のこれも優衣菜さんが用意なされたモノなのだろう。


 食欲がないだかナンだかしらないが、あんな美人な姉さんの手作り弁当を拒否するとは……国宝に落書きするよりも罰当たりな行いだぞ貴様。

 と、胸ぐらでも掴んでやりたかったが、そうするよりも譲ってもらったほうが得だなと考えを改め、うかがいを立ててみる慎吾。


「お前が食わないというのなら、コレはもらっても良いということか? 良いんだよな?」


 ――――……こくり。

 黙ってうなずく孝之。


「ぬふ。では遠慮なく」


 やらしい笑いを浮かべて取り出した慎吾は、せめてものお返しと、食べかけのパンを孝之の膝の上に置いた。

 そして、さっそく優衣菜の何かが染み込んでいるだろう、そのご馳走をご賞味させていただくべく包みを解く。過去三回ほど、これでドエライことになったことなど、とうに記憶から消し去っていた。


「ん?」


 広げた慎吾は、そこで少しおかしなモノに気がついた。

 解いた包布には、なにやら可愛らしいアニメ絵がプリントしてあった。


「え~~と……なになに『魔法少女ミルキー・イェイ』……ほほぅ……」


 布の一面には、ピッチピチなピンクのバニースカートを身にまとったツインテールの金髪美少女が翼を模した魔法ステッキをかざして微笑んでいた。

 短すぎるミニスカからは白いパンツが当たり前のように露出していて、顔の幼さにまるっきり合っていない巨大な胸は、ちょっと揺らしてやればすぐにでも服からこぼれそうである。


「……ずいぶんとお前……なんだかコノ……侠気おとこぎあふれる弁当包みじゃないか。しかしこれって――――」

「――――っ!?? フンガーーーーーーーーーーッ!!!!」


 そんな仕込みに気付いた孝之は、髪を爆発させつつソレをふんだくると、グルグル巻いて口に放り込む。

 そして――――もぐもぐもぐもぐ――――ごっくん。

 決死の覚悟で飲み込むと、何事もなかったかのように虚空を見つめた。


 そんな孝之を見る慎吾は、まるで幼子を見守る父親のように穏やかな笑顔。

 なにも聞かず、そっと弁当を開けてみた。

 そこには真っ白いご飯が一面に敷き詰められ、その上に、


『ごめんねたかゆき、でもアニメオタクでロリコンなあなたもすきヨ』


 と、練り和辛子で書かれ、それ全体を囲うように同じく練りワサビでハートが描かれていた。

 そんなワサビ辛子丼弁当を一口頬張り、顔面中の穴から、なにかしらの体液を噴出させながら慎吾は、


「……詳しく」


 一言だけそう言った。





「……そうか、とうとうバレてしまったか……だからあれほど鍵はマスターロック社製にしとけと言っておいただろうが、迂闊なやつだ」


 事の顛末、一部始終を聞かされた慎吾。

 実は孝之の趣味と性癖のことは昔から知っていた。

 というか目覚めさせてやったのは他ならぬ慎吾本人。


 あれは……小学校五年生のころだった。

 なぜか思い詰めた顔をして、性の常識について相談してくる孝之に「それなら良い教材がある」と貸してやったのが『魔界堕天使ジブーリル』という愛と正義と性技と真偽が詰まった大きな少年御用達のPC教材ソフト。


 その内容は、まだ幼い孝之には刺激が強すぎたかもしれないが、些細な悩みを吹き飛ばすにはテキメンの効果があった。

 だたし副作用として、普通の女子にはあまり興味を示さなくなったが……。

 いまとなっては、あの相談がどんな内容だったかなど思い出せなかったが、ともかく二人は同じ趣味と秘密を持つ心の友として、親友になれたのだ。


 とはいえこんな趣味嗜好。

 一般的にはやはり聞こえの悪いモノ。

 人によっては変態認定までありうる。

 なのでずっと、慎吾はともかく、孝之は必死でパンピーを装っていた。

 それが今回、盛大にバレてしまったという。


「まぁ……それでも二人は気にしないって言ってくれているのだろう? ならば良かったじゃないか。いや、むしろ美女二人公認のオタク趣味なんて、なかなか得られる待遇じゃないぞ。むしろ果報者と言ってやってもいい」


 それでも孝之の目は晴れず、心の傷は深いようだ。

 ガラスの少年と言う言葉もある。

 傷つきやすい年頃の我々。

 どんなに温かい慰めと寛容を向けられても、自分の中で解決しないことには立ち上がることなどできないのだ。


「……わかった今日からお前は俺の部屋に泊まれ。そして思う存分語り合おうじゃないか……次元と愛の可能性について」

「ありがとう……」


 孝之が優衣菜のもとに帰ってきたのは、それから三日後の夕方のことだった。

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