第39話 死んだ。

「……ふう……ちょっと遅くなったかな?」


 姉の面倒を見てくれているはずの愛美アフロディーテ

 彼女へのお礼に、ちょっと高い肉を買ってきた。

 料理は得意じゃないのだが、すき焼きならば市販のタレでなんとでもなる。

 まずは肉を焼いてから他の具材を加える関西風か、野菜を煮てから肉を入れる関東風か……問題なのはそれだけ。


「姉ちゃんは確か関東風だったかな……?」


 お気楽につぶやき、家路を急ぐ孝之。

 日は落ち、空はもう暗く、街灯も灯ってしまっていた。

 やがて家が見えたところで異変に気づき、立ち止まった。


「――――…………( ゚д゚)」


 点いていてはいけない部屋の明かりが、なぜか点いていたからだ。

 そこは紛れもなく自分の部屋。

 さらには激しくうごめく二人分の影がカーテンに映っていた。





「カ~~オはだ~れかはし~らないけれど~~フ~フフフン、フンフンフンフンフ~フフ~フフ~~ン♪」


 顔面を赤い耳付き目出し帽でおおった優衣菜。

 小気味良いリズムにのって踊る彼女は、首にマフラー、それ以外はパンツだけといった変態丸出しの格好で孝之のベッドの上を占領していた。


 それを床に倒れ込みながら憎々しげに見上げるのは、白いスクール水着にピンクのタイツ、背中に天使の羽を背負って頭に輪っかをのせた愛美アフロディーテ


「さあ、観念するのよ悪の堕天使!! この私『正義の味方ワンパン仮面』がやってきたからにはお前の好きなようにはさせないわ!!」

「く……おのれ、この変態痴女仮面め。ならばいいだろう、この私『魔界堕天使ジブーリル』の必殺技をお見舞いしてやる!!」


 立ち上がり、部屋のスミまで下がった愛美アフロディーテ

 なにかの力を呼びだすように、両手を円の動きで交差させた。

 そして、自らの体を抱え込み、前のめりにうずくまると、


「――――くらえっエンジェルフラッシュレインボーーーーッ!!!!」


 叫んで、力を一気に開放した。


「なにっ!? それは体内にあるグリコーゲンを怒りの熱で虹色の熱線に変える必殺技エンジェルフラッシュレインボー!? ばかなっ!! 貴様ごときがそんな技をつかえるとは~~~~ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!!!」


 なにも出てないし、なにも当たっていない。

 優衣菜はそれでも苦しげにうめくと、虚空を引っ掻くように膝から崩れ落ちた。

 そして自分の口から「しゅうぅぅぅぅぅぅぅ……」という効果音を付け加えて布団の中へと潜っていく。

 愛美アフロディーテは、乱れる息を整えながら深い深い安堵の吐息を吐き、汗を拭った。


「ふぅぅぅぅぅぅ……手強い相手だった、正義の味方ワンパン仮面……。しかしこれでやっと……この部屋せかいにも平和がおとずれる。……私は魔界堕天使ジブーリル。青少年の夢と世界を守りし者。たとえ幻想世界だろうとHな犯罪は許しませ――――ん!??」


 最後の決め台詞らしきものを言ったところで愛美アフロディーテの動きが固る。

 くり抜かれた壁の向こうから、世紀末でも見たかのように絶望的な顔をした孝之と目が合ったからだ。


「お……っと~~~~??」


 その目を見て、ここでようやく愛美アフロディーテは我に返った。





 さかのぼること数十分。


 宝箱の中を見て、孝之の恥ずかしい秘密に触れてしまった優衣菜と愛美アフロディーテは、ついつい妙なテンションになってしまい、それらアイテムを悪ノリ全開でイジクリ倒してしまった。


 エッチな薄い本を見て「こんなので、アナタの弟は夜な夜なナニをしてるんですかぁ~~?」「え~~~~わかんなぁ~~~~い」とか。


 美少女フィギュアを逆さにして「めちゃくちゃリアルにシワとかあるんですけどぉ~~~~~~~~!! こんなの隠してアナタの弟は夜な夜なナニをしてるんですかぁ~~~~??」「しらなぁ~~~~い、恥ずかし~~いぃ~~~~ぃ」「しかも……ちょっとなんか……ベタつく……し?? なんか匂いも生ぐ」「やぁめぇてぇあげぇてぇ~~~~~~~~!!」とか。


 18禁PCゲームの箱を見て「なんですか~~? これこの裏側、もうただのエロ本じゃないですか?? こんなのアナタの弟はどんな顔して買うんですか? DLじゃだめなんですか!? どうしてもこの箱が欲しかったんでチュかぁ!??」「聞かないであげて~~~~初回限定版の横シマ水色パンツに惹かれたとか、声優さんのセクシーボイスが収録された特別限定CDが欲しかったとか、そういうのはソッとしておいてあげてぇ~~~~!!。・゚・(ノД`)・゚・。」


 やってるうちにコスプレ衣装にも興味が湧いてきて、それぞれ着込んだらもうテンションMAX。

 付属されていたキャラクター紹介にそって、即興の小芝居をして遊んでいたらつい面白くなって現在にいたった。

 ……というわけである。


「あ~~……え~~~~……とその……なんだ」


 サササと、胸と股間に手をやって。

 今更ながらに取り繕うとする愛美アフロディーテ

 しかしもうすべては手遅れという名の後の祭り。

 孝之の目は、みるみるうちに白くなって。


「あ、孝之。帰ってきたのね、おかえりなさ~~~~い」


 おっぱいモロ出しの優衣菜の姿にも、なにも反応することなく、


 ――――どど~~~~~~~~ん。


 動かぬ石像のごとく、直立したままひっくり返った。

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