第38話 はい死にま~~す。

「ふう……快・感……!!」


 壁一面に書かれた『一網打尽』を文字通り一網打尽にくり抜いて、優衣菜は快感に背筋をしびれさせた。

 面積の半分ほどを大胆に切り取られた壁は、もはやその役割を終え、優衣菜と孝之の部屋はアナを通じて一つとなっていた。


「あ~~あ~~……マジでやっちゃったよ……」


 あきれる愛美アフロディーテ

 いくらご都合主義の神様から啓示を受けたとはいえ……とても正気の沙汰とは思えないこの蛮行、やはり止めるべきではなかったのか。

 いまさら冷静になっても遅いのだが、そう思わずにいられない。


 しかしこれは姉弟二人の問題。


 いくら親しく優衣菜の世話係(兼、見張り番)として頼まれていた自分でも、口を出すわけにはいかないことだった。と、後で孝之に文句を言われたらそう言おう。

 頭の中で言い訳を構築しながら愛美アフロディーテは、嬉々として孝之の部屋に飛び込んでいく優衣菜を、肩を落とし見つめていた。


「わ~~~~い。これで今日から孝之と一緒に寝られるわ!! ささ、先輩、ボケっとしてないで、ちょっとこっち手伝ってくださいよ♪」


 優衣菜は孝之のベッドの端を持ち上げて手招きしている。

 どうやら運ぶのを手伝ってほしいようだが?


「……な、なんだよ。どうするつもりだよ?」

「どうするって、決まってるじゃないですか? 私のベッドとドッキングさせてダブルベッドにするんですよ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「いや、うふふって……」


 こいつやっぱバカだなぁと、さらにあきれる愛美アフロディーテ

 いくらそんなことをしたところで孝之が拒絶したら意味ないだろうに。

 しかし無邪気に「持って持って!!」とグズる優衣菜に断りきれず、しぶしぶ手伝ってやる。


「開けた穴のところまでお願いしますね」

「で、お前のベッドも横付けするってか?」

「正~~解~~~ぃ。で、間に薄いカーテンをかけるの。そしたらね、寝る前とかにね、ほら、私のシルエットが光に浮かんで、それにコウフンした孝之が堪らずカーテンを開け放って私は抵抗することもできずにあ~~れ~~~~~~~~!!」


 幸せそうにクルクル回る、優衣菜という名のバカを見て、これって私も同類になってるんだよなと急激に気が重くなってくる愛美アフロディーテ

 うつむいたところで、動かしたベッドの下から何かが出てきたのに気がついた。


「ん~~~~……なんだこりゃ……?」

「あ、それは見てないことにしてあげて」


 とは言われても、目に入ってしまったモノはどうしようもない。

 それは艶めかしい女性の悪魔が描かれた同人コミック。

 いわゆる『薄い本』だった。


「おっとぉ~~~~。……あいつ、まさかそんな趣味があったのか!?」


 意外なモノに頬を赤らめる愛美アフロディーテ

 普段はアニメや漫画とか、人並み以上の興味は見せてなかったと思うのだが。

 そんな愛美アフロディーテに優衣菜はニヤけ顔で声をひそませ、


「あったんですよ、それが、姉さんや。ぬふふ」


 おばさんのように笑ってみせた。


「そ、そうなのか……意外だな。いや、いつまでたってもあの顔で、彼女の一人も作らんからオカシイナとは思っていたんだが……」

「どうもうちの子って三次元より二次元のほうに興味があるみたい。うふふ」


 なんてったってパソコンの『新しいフォルダ2』にはそういう画像が一杯だった。


 部屋は小綺麗に、フィギュアの一つも飾っていない。

 漫画も少なめ。そのかわりにファッション雑誌が平積みに。

 ガラクタ入れ(表向き)の宝箱には、使っているところなど見たこともないエレキギターが立てかけてある。


 完全なる偽装パリピ。

 しかしその正体は、世に数十万はいると目される〝隠れ二次元オタク〟

 それが孝之の正体なのである。


「うふふって……お前笑ってるけど……。それじゃあお前にとっても都合悪いんじゃないのか? だって……こういう男子、実物の女には興味ないんだろう?」

「いいのよそれで。だってそれって一度落としてしまえば浮気もされないってことでしょう?」

「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……まぁ……そうなのかなぁ????」

「それに、どこぞの汚いAV女優なんかに興味向けられるよりは、実在しない二次元女にウツツをヌかされているほうがまだ清潔ってもんでしょう?」

「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぬ…………」


 そこまでディープな二択だと、すぐに答えを出せない愛美アフロディーテ

 優衣菜がそれでいいと言うのなら、まぁそれで良いのだろうと納得する。

 それに愛美アフロディーテ自身も、孝之の趣味がそうだったと知っても、不思議と嫌悪に感じることはなかった。

 むしろ趣味がわかって嬉しいぐらい。


「実はまだまだあるのですゾ?」


 いやらしい笑いを浮かべつつ、部屋の隅にある例の宝箱に近づく優衣菜。

 ちょちょいのちょいと鍵を開けると、悪びれもなく蓋を開けてみせた。


「お……おい、それ孝之の金庫みたいなもんなんだろう? そんな勝手に開けていいのか??」


 言いながらも、ちゃっかり中を覗き込んでくる愛美アフロディーテ


「私の部屋だって、さんざん他人に見せられたんですからね。このくらいは全然仕返しの範疇はんちゅうです」

「そ、そうか――――う……」


 中にはちょっとエッチなフィギュアの箱と、これまたエッチなゲームや本。さらには際どいコスプレ衣装(女物)など、思春期男子が見られてしまえば余裕で首が吊れるほどの黒歴史アイテムがヒシメイており、さすがにこれには愛美アフロディーテも少し引いてしまう。


「……こ、これは……ほ、本格的なんだな……」

「でしょう? ……でも、これってHなことにはちゃんと興味があるって証でもありますよね? だったらあとはアレですよ〝矯正〟あるのみだと思いませんか? ヌフフ♡」

「う~~~~~~~~……ん」


 まぁ、考えようによっちゃそうとも言えなくもない。

 少なくとも女性に興味がないと言われるよりは、はるかに希望があるか?

 箱の中身を見るかぎり、スケベの程度は年相応。しっかりと思春期暴走機関車トー◯ス状態だったのだから。

 

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