第37話 お告げだから

「……しかし……この部屋、なんでドアにダンボール貼ってあるわけ?」


 孝之の部屋の前で立ち止まり、愛美アフロディーテは不思議そうに首を傾げた。

 両脇に、新しい洋服やら下着やら、いっぱい抱えた優衣菜は階段をよろめきながら、


「ああ、それはね、かくかくしかじか――――というわけで私が破壊しました」


 正直に事情を説明する。


「そりゃぁ……気の毒になぁ……」


 どっちに向けて同情したのか。

 愛美アフロディーテはなんとなく、補修用に貼られたダンボールをめくって中を覗いてみる。

 するとその隙間から、いかにも男子高校生の部屋らしい景色が見え、さらには若い男子特有の汗臭さがただよってきた。


「……ふむ」


 愛美アフロディーテはその香りをスンカスンカ、鼻腔の中で転がし、まんざらでもない顔をする。


「……ちょっと、ひとのおとこの体臭、堪能しないでくれますか?」

「え? い、いやべつに、な、なな、なにがっ!?」


 半ば無意識にヤッてしまった奇行に、ハッと我に返り、赤面してしまう愛美アフロディーテ

 顔もあからさまに動揺し、ニヤけてしまっていた。

 そんな彼女を、優衣菜は疑いのまなざしで下から覗き込む。


「たしか……先輩っていま彼氏いませんでしたよね?」


 高校時代、付き合っていた彼氏ともとっくに別れているはず。

 優衣菜は「ははぁん」と目を細めて、


「……いくらイロイロ溜まってるとはいえ……孝之は先輩にとっても弟みたいなモノでしたよね? それの匂いを嗅いで発情するとか……ちょっとは自重してほしいんですけど~~ぉ?」

「お、お、お、お前に言われたくないわ!! ……しょうがねぇだろうが孝之だってもう高校生なんだから。……そりゃまぁあれだよ……ちょっとは異性として意識しちゃてもおかしくねぇだろうが普通」


 新しい弟ができたと優衣菜に紹介されたときは、孝之はまだ小学生だった。

 その頃から可愛い顔立ちはしていたが、成長した今のあいつはかなりの美男子。

 昔なじみの弟分という関係を差っ引いても、まぁ、イケなくはない。

 もし付き合ってくれと言われたら、もったいぶった上でオッケーを出してしまいそうなくらいには思っていた。


 本人には絶対にそんな素振りは見せていないが。


「……私の目は誤魔化せませんぞ? ……先輩、孝之にちょっと興味があるでしょう?」

「は? え、う~~~~~~~~ん……」


 面倒な探り合いなど不要、とばかりにストレートな質問を投げてくる優衣菜。

 照れつつ全力で否定したいところだが、自分も優衣菜も、もうハタチ過ぎのいい女。女子高生ばりにキャピキャピ恋バナもどうかと思う。

 だからここは素直に、ありのままの感情を説明しようと愛美アフロディーテは言葉を選んで口を開いた。


「だからぁ……気があるっていうか……まぁ、イイ男だな、ぐらいは思ってる。でも、恋愛感情は~~~~……正直ないな。だからお前のジャマするつもりはないぜ? いやこれホントに、マジでマジで」


 じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。


 審判を下す裁判長のごとく、ねっとりと愛美アフロディーテの全身を舐めるように見回す優衣菜。


「……お前が、イラナイってなって。あいつが私と付き合ってってなれば、そういうこともあるかもな?」


 生々しい返事を追加する。

 それを聞いて眉をピクつかせるも、逆に信用できると判断したか、優衣菜は納得したようにタメ息をひとつ。


「……じゃあいいです。そんなことあるわけないんで」


 自信満々に通り過ぎていく優衣菜に、愛美アフロディーテは少しばかりのお返しにと、こちらも突っ込んだ質問をしてみる。


「そういうお前はどうなんだよ?」

「はい?」

「孝之のこと……養ってもらうんだとか言ってるけどよ、ホントはただ好きなだけなんだろ?」

「失礼な。ちゃんと下心も持ってますよ?」


 これまた正直なセリフ。

 愛美アフロディーテは苦笑いしながら、


「お前素直じゃないんだな」


 と、肩をすくめた。





「ではこれより〝姉弟愛の巣イケナイひろば〟開通式を執り行います」


 電動丸ノコを片手に、部屋の壁に向かって仁王立ち、優衣菜はそう高らかに宣言した。


「えぇ~~~~……マジでやるのかぁ~~……」


 衣服や生活小物の整頓も終わり、最後に床を綺麗に拭こうと雑巾を用意したところで、優衣菜がおかしなことを言い出した。


 ――――壁をぶち破りましょう。と。


 突然どうしたと問えば、返ってきたのは『愛する姉弟の間に、壁なんて無いほうがいいと思うの』なんて無邪気な答え。

 普通ではない怪しげな関係を、それでも進展させようとするのなら、手段も普通であってはならないと天啓が下りてきたらしい。


 善は急げと、どこからか電ノコを引っ張り出してきた優衣菜は壁に描かれた『一網打尽』の書に向かい、刃をかまえている。

 愛美アフロディーテはこの暴挙を止めるべきか許すべきか、難しい顔をして判断しかねる。

 やがて家の外に、


 ――――ぶぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!


 と、けたたましい作業の音が響き渡ることとなった。





 そんなことになっているとはつゆ知らず。


「え~~~~っと……肉はこんなもんでいいかなぁ……。あとはネギとシラタキと……」


 帰り道のスーパー『マルビツ』にて。

 夕飯に作る、すき焼きの材料をのんきに物色していた孝之であった。

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