第35話 なんなん??

 優衣菜が商売人どものオモチャにされているあいだ、孝之はとっとと鎧を家に送り返してしまっていた。

 本当は処分したかったのだが、一応は義母の私物だしそこまではできなかった。

 優衣菜にはそのままの格好(DO貞を殺すセーター)で帰ってもらうことにした。

 もう一度着替えさすのが面倒だったのと、こんな格好でも鎧よりはマシだと孝之のほうに耐性がついたからである。


「ぬあぁぁぁ……はっ……離さないで……置いてかないで……た、たかゆき……」


 しかし優衣菜のほうは、まだまだ外の空気に耐えられないようである。

 鎧と携帯酸素なしで触れる外のざわめき。

 もっとも忌み嫌うべき軽薄な大衆どもが、奇異な目でこっちを見てくる。

 そんな視線に耐えきれなく、孝之の腕を絶対に離すまいと全力で胸に抱え込み、体を密着させていた。


「だから離れろって、荷物が落ちるし歩きづらい」


 優衣菜が注目されている半分はその過激な服装のせいだが、もう半分は本人の美貌のせいだった。

 かつてモデルだった頃は、むしろこの視線が心地よかった。

 しかし人間関係の失敗で、自分を世間から遠ざけるようになると、逆にこれが凶器に思えてくる。

 世の中の人間すべては自己中心的で他人の不幸をなにより楽しむ。

 言葉もすべて上辺ばかりで、励ましの裏には同情という名の嘲笑あざけわらいが貼り付いているのだ。

 いま優衣菜を見ている人たちは、断じてそんな風には見ていないのだが、優衣菜にはそう感じてしまっている。


 だから過剰におびえている。

 そこのところは孝之にも充分わかっているのだが。

 しかし普段の優衣菜を見ていると、とてもそんな手重い症状を抱えているようにも思えず、ついつい冷たくあたってしまうところもある。


 それに、やはりいつかはこれも克服しなければならない。

 自分が隣にいるうちに、少しでもリハビリできればいいんじゃないかと。いずれ大学にでも行ってしまえば今日のようにかまってやることもできなくなるのだ。

 なんてことを考えつつ、背中モロダシの優衣菜に密着されながら歩いていると。


「――――きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぃっ!!!!」


 どこからともなく、鳥の断末魔のような声がつんざいてきた。

 は? と思い。そのちょっと聞き覚えのなる声の元を探してキョロつく孝之。

 斜め上を見たところで、想像だにしていなかったモノが浮遊していてビックリした。


 ソレは着古したボロボロの袈裟を身にまとい、手には尺八しゃくはち、頭にはうすを反対にしたような深編笠ふかあみがさをかぶった、いわゆる虚無僧。

 なんでそんなモノが、観光名所でもなんでもないこの街を歩いているのか?

 いや、べつにそのこと自体はかまわないし、自分が知らなかっただけで案外普段からいらっしゃるのかもしれないが、問題はそこではなく。


「な、なんで虚無僧が俺に向かって大ジャンプしてきてんだよ!!??」


 単純に、それがわからなかった。

 飛ぶ虚無僧は、周囲の注目の中、一足飛びに孝之へと迫ると握りしめた尺八を木刀に見立てて振りかぶった。

 そして上空から、落下の威力もプラスして、


「死ねやぁーーーーーーーーっ!! この腐れ外道がぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!!」


 大絶叫しながら殴りかかってきた。


「げ! お、お前はっ!??」


 その声を聞いた瞬間、中身の正体を看破みやぶる孝之。

 尺八が振り下ろされるまでの瞬きの時間で、なぜこの男がキレてしまっているのかの予想も、大体はついた。


 なぜここにいるのか、なぜ虚無僧なのかまでは理解できないが。


 ともかく振り下ろされる尺八を、優衣菜を抱きしめつつ避ける孝之。

 ――――がばっしゃんっ!!!!

 歩道のタイルに叩きつけられ、割れ飛び散る竹の破片。

 それをもかわし、すばやく後ろに回り込んだ孝之は、


「貴様っ!! 白昼堂々、優衣菜さんを、そ、そ、そんなエロ、いや、素敵な、いや、ハレンチな格好で群衆の前にさらし、その上、羨望のまなざしで見つめる男たちに見せつけるように、ゆゆゆ、優衣菜さんのおおお、おっぱいをそのうでにぃ~~~~~~~~っ!????」


 喚き散らす慎吾の背中に回り込み、


「姉ちゃんっ!!」

「う……うんっ!!」


 優衣菜に目配せひとつ。

 慎吾の腰にガッチリ腕を回すと、


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおぉっぉぉぉぉりゃあぁぁっ!!!!」

「貴様だけは断じて許さんっ!! いつか俺はお前を倒して――――」


 ――――ずどごんっ!!!!

 お得意のバックドロップを地面に叩きつけた。


 タイルを模したセメントへの、容赦ない一撃。

 しかし嫉妬の怒りに狂った幼馴染が、この程度でくたばらないことなど知っている。


「優衣菜さんをこの手につかんで見せるぞーーーーーーーーーーっ!!!!」


 衝撃で吹っ飛んだ編笠。

 むきだしになった慎吾の喉元に、


 ――――どむうっ!!!!


 トドメとばかり。

 前回りに回転した優衣菜による〝ローリングジャンピングエルボー〟が炸裂した。


「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!♡」


 肘の硬さとともに、わずかに触れた胸の柔らかさ。

 痛みよりも苦しみよりも。

 幸せと大興奮に包まれながら、慎吾という名の修行僧は煩悩に事切れた。

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