第34話 哀情の世捨て人

「うう……あんまりドゥだぁ~~あんまりドゥだぁ~~~~」


 それから一時間ほど。

 とっかえひっかえ着せ替え人形のごとく、店員さんたちにオモチャ扱いされた優衣菜は、口から魂を蒸発させながらうずくまっていた。


 店内にある、とびきりの流行服を着せられパシャリ。

 ポーズをとらされパシャリ。

 バッグを持たされパシャリ。ポーチをさげられパシャリ。

 帽子をかぶせられパシャリ。

 カジュアルな組み合わせでパシャリ。

 大人チックなコーディネートでパシャリ。

 ちょいと際どいワンピース水着なんかも着せられパシャリ。


 ここぞとばかり、店にあるだけの服を着せられ撮影されまくってしまった。

 鎧を剥がされおびえてしまった優衣菜は、抵抗することもできず、なすがまま。

 最後にはどこから出してきたのか、なつかしの〝童◯を殺すセーター〟なるものを着せられ全方向から撮影されていた。

 

 店長の女性はすっかり満足した顔で、孝之に名刺を渡してくる。


「あ、私この『ブティック・Nsネス』の代表をさせて頂いております高木と申します。それで写真の件ですが――――」

「ええ、いいですよ。この店内ならば、どこでも自由に掲示しちゃってください」


 万札を数え、快諾する孝之。

 撮った写真を店に飾らしてくれとお願いされたのだ。

 モデル料と引き換えに。

 家具購入の出費で困っていた孝之には、当然断る理由はない。

 好きなだけ貼ってくれと姉を売り渡した。


「やれやれ、これでなんとか両親には秘密にしておけそうだ」


 世の中何とかなるもんだと胸をなでおろす。


「うぅぅ……薄情者~~~~裏切り者~~~~……」


 そんな孝之をうらめしげな目で睨みながら、優衣菜はスタッフルームの隅で小さく震えていた。





 ふぅおぉぉぉぉぉ~~~~~~ふょろろぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~う……。


 悲しくも柔らかい尺八しゃくはちの音が、行き交う人々のあいだを縫って風にとけてゆく。

 日曜の雑踏を奏でる人々は、この駅前通りにおいて、あきらかに浮いているだろう一人の虚無僧こむそうを避けて歩き、振り向いていた。


 虚無僧は、その内に秘めた〝虚無〟を音色に、歩道を歩く。

 人々に、なにを諭すも、乞うもなく。ただ草履をすって真っ直ぐに。

 やがて一件の家電量販店にたどり着くと、一句読んだ。


「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな 」


 深編笠ふかあみがさの隙間から深いため息がもれてくる。


「優衣菜さん……」


 彼の名前は葵慎吾あおいしんご

 受け入れがたい心の傷を癒やすため、友を捨て、学校を捨て、リアル世界を放棄した現代の迷い人。


 いま、彼の居場所は電脳世界にしかない。

 そんな彼が、なぜこんな格好で、こんな場所にいるかというと、話は昨晩深夜にさかのぼる。


 住処すみかにしていたMMORPG『ハーレム精霊・よりどりピンクのハッスルでポン☆』が突然のサーバートラブルで落ちてしまった。

 唯一、心のり所としていた世界から放り出された慎吾は瞬時に修羅化。

 目につく物を手当たり次第壊しまくった。

 机をなぎ倒し、大切なキーボードも粉々に粉砕していた。

 我に返った慎吾は、このままでは復旧しても再開できないことに気づき、慌ててゲーム内での自分の姿に扮装し、代わりの操作盤を求め街に出てきた。


 通販で買おうとも思った。

 急ぎオプションを使えば今日中に届けてもらえるだろうから。

 しかし。

 もはやメインの世界となってしまった電脳の地を歩くのに、その操作盤となるキーボードはもっとも重要な装備といっても過言ではない。


 勇者でいえば伝説の剣を人伝ひとずてで採ってきてもらうような愚行である。

 ここは己の戒めも兼ね、捨てたはずの世に、今一度舞い戻らねばならぬ。

 そう思い、枯れた世界の空気吸ってここまでやってきたのだ。


「いざ……闇に眠りし宝具を求めて」


 すっかりと、アッチの世界に毒されたセリフをつぶやき、慎吾は家電屋への一歩を静かに踏み出した。

 自動ドアがウィンと開く。


 ――――◯△✕□◎▽〶っ!!!!


 それと同時。

 そんな慎吾を引き戻すように、店に面した往来の向こうから、感じ慣れた、しかし忌むべき者の気配が感じられた。


「――――ぬっ!?」


 とっさに耳をそばだてる。

 そんな彼の耳に飛び込んできたのは――――、


「……ちょっと、おい!! もう少し離れろよ、歩きづらいんだよ!! やめろってそんな格好でしがみつくなって、胸当たってるっておいっ!!」


 忘れたくとも忘れられない、憎き仇敵の声。

 そして。


「いやだ~~いやだ~~!! 離さないで~~置いてかないで~~捨てないで~~た~~か~~ゆ~~き~~~~~~!!」


 忘れたくても忘れたくない、愛しき想い人の美声だった。


(ユ・イ・ナ・サ・ン・ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)


 ――――ギュゥィンッ!!!!

 首が抜けるほどの早さでその方向に注目する慎吾。


 一時いっときは忘れようとしたその声に、しかし抗えない若年の悲しさ。

 とらえた光景の中には、やはり愛しき優衣菜の姿が。


 ――――パリィンッ!!!!

 しかし割れて砕け散ってしまうメガネのレンズ。


 その目に映ったのは、


 山ほどの買い物箱と袋を下げた孝之。そして、その背中にピッタリと、すべてを密着させて追いすがる〝◯貞を殺すセーター〟をまとった半裸同然の優衣菜だった。


 ウィンと音を立て、自動ドアは閉まってしまった。

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