第32話 え? え? え?

「コーホーコーホー!! い~や~~だ~~~~!! やめてやめて、ぬがさないでぇ~~~~~~~~コーーーーーーーーーホーーーーーーーーッ!!!!」

「ええい!! 暴れるなこのクソ姉貴、大人しくしろっ!!!!」


 ドッタンバッタン。

 借りたスタッフルームの一角で、孝之と優衣菜は絡み合っていた。

 はじめは売り場の更衣室を提案されたのだが『そんなペラペラの布一枚で隔てた空間など外界も同じ。断固拒否する』と優衣菜がゴネたので、ここを借りたのだ。

 しかしそう言えど、ここも他所の部屋には違いない。

 いざ脱ぐとなったら『やっぱり無理』と逃げ出したので、とっ捕まえ、無理やり引っ剥がしにかかっているのだ。


「ちょ、ちょっと、孝之……ほんとに、ほんとに無理だから!! こんなところで、そんなハシタナイことダメダメ!! するなら帰ってからにして!! お家に帰ったら好きなだけイタズラしてもいいからぁ~~~~外はイヤァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~コーホー!!!!」

「おかしなこと言ってひるまそうとしても無駄だ!! ここで服を買っておかないと後で必ずつけこんでくるからな、意地でも脱がせる!!」

「あ、あ、あ、あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 姉弟同士の、怪しすぎる会話と音を聞きながら、店員さんたちはドアの向こうから聞き耳を立てていた。

 三人の店員さんはみな女性。

 同じ女性の悲鳴を聞いて、本当なら助けに行くか人を呼ぶところだが、聞くに、どうやら二人は姉弟らしい。そんな二人が決してしてはイケナイ内容の会話を交わし、体も絡み合っているところを想像すると……。


「「「………………………………」」」


 彼氏のいない三人は、歪んだ背徳感に足をワシ掴みにされ、どうにもその場から離れることができなかった。


「だ、だから、ふ、服はいつもの着物があるから!! あれだけでお姉ちゃん大丈夫だから!! 洗濯するときは裸でいいじゃないの、このあいだだって一緒にお風呂に入ったじゃないっ!! コーホー!!」

「あれはお前が突撃してきたんだろーがっ!! (部屋にあった)パジャマだってちょっと汗臭かったし、パンツも微妙にシミが――――」

「アレはあんたがベッドに潜り込んできたからでしょ!! ぐちゃぐちゃにされて(布団を)出ちゃったんだから(脱ぎ捨てたパンツが)仕方ないじゃない!!」

「だらしないからそうなるんだろ!! 普段からちゃんとしてれば俺だってそんなこと(追跡行動)しなかったよ!!」

「ひどい!! ヤルだけヤっておいて終わったら捨てる(家具)のね!?」

「お前だろうそれは!! 俺だって必死だったんだよアノトキは!!」

「だからって他の男と二人がかりでなんてあんまりじゃない!!」

「そうでもしなきゃ姉ちゃん暴れただろうが、実際、暴れたし!!」

「そりゃ暴れるわよ!! 好きな孝之になら何されても平気だけど関係ない男にぐちゃぐちゃ(部屋)にされて我慢できなかったんだから!!」

「全部吐き出したんだから(家具とか)いいだろう!!」

「そういう問題じゃないわ!! 悲しかったんだから!!」

「わかったから、全部やり直すって(家具とか)!! だから素直に脱げって!!」

「ここじゃ無理、恥ずかしい!!」

「だから見られないように部屋借りたんだよ!!」

「こんなとこじゃなくても孝之の部屋でもできるじゃない(通販)!!」

「俺の部屋だとヤリづらいだろうが(サイズ合わせ)!!」

「少しくらいいわよ!! キツくてもユルくてもお姉ちゃん、平気だから!!」

「え~~~~い、問答無用っ!!!!」


 ――――バキンッ!! ガラガラ――――ガチャンッ!! コワンコワンコワワワワァァァァァァ~~~~ン……!!!!


 なにか、金属が落ちて転がった音がした。

 同時に女性のすすり泣く声が聞こえたかと思うと、しばらくの間のあとドアが開かれた。


「はぁはぁ……お、おまたせしました。じゅ……準備、終わりました……」


 汗だくになった孝之は、少し血走ってしまった猟奇的な目を店員さんに向けた。

 店員さんたちには、鎧を脱がせたあとのことはお任せすると伝えてある。

 予算は五万。

 それだけで、できるだけ〝常識的〟なコーディネートを注文しておいた。

 優衣菜本人に選ばせてしまったらどんなバカな服を持ってくるのか信用できなかったからだ。


「あ……は、はい……」


 三人の店員さんたちは、真っ赤な顔をして孝之を見上げる。

 その泳いだ目を見て、なにかとんでもなく誤解したヨコシマな感情に感づいてしまった孝之は、


「……いや、なんでもないですから。俺たち〝普通〟の姉弟ですから」


 引きつった笑顔で、そう悪あがいてみせた。

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