第31話 我に返ったら負け

 んがちょん、んがちょん、んがちょん。


 金属音を鳴り響かせ、全身鎧が歩を進める。

 鎧はなぜか、その鉄板の上に官能的なピンクのネグリジェをまとい。心なしか腰をくねらせ歩いていた。

 それを見る日曜の買い物客はみな距離を取り、小さな子どもは抱きかかえられていた。


「コーホー……クズどもが、我の魅力に恐れをなして近寄れぬようだ。愉快痛快奇々怪々。コーホー……」

「……そんなポジティブ思考持ってんなら、なんで引きこもりなんてやってんだよ……もうその鎧脱げよぉ……恥ずかしさ通りこして何も感じなくなったのをさらに通り越して三周回ってまた恥ずかしくなってきたよぉ……」


 優衣菜は鎧に隠れているが、孝之はムキダシ。

 できるだけ顔を見られないよう、手のひらで目を隠して歩いているが、それが余計に怪しさを倍加して注目を集めてしまっている。


「コーホー……愚民どもの前に素顔を晒すくらいなら、この腹いますぐ掻っ捌いて奈落の閻魔に舌を抜かれたほうがマシでござるに候。コーホー……」

「……西洋騎士か侍か忍者か、設定がガバガバだなぁおい……」


 できればこのままこの場所に、コイツを置いて走り去りたいが、そんなことをすればどんな騒ぎが待っているか。身分証を見せてしまった孝之にはこの鎧の保護責任がかかっている。逃げることなどできないのだ。


 そもそも社会復帰へのリハビリになればと思って連れてきたはずだが、これまでの奇行のせいで、そんな戦意などとうに消えてしまっている。

 いまは一秒でも早く買い物を済ませ、この視線の集中攻撃から逃げたい思いで頭が一杯だった。





 下着売り場を出たあと、孝之たちは雑貨コーナーに寄って日用品を買い漁った。


『小物入れやクッションなど健全なものは自分が選ぶから、孝之はお姉ちゃんに使ってほしい生理用品を持ってきてちょうだい』


 との変態的指示に一悶着はあったものの、おおむね順調にことは進み、二人は家電コーナーにやってきた。

 たどり着くなり優衣菜は、ガシャコンガシャコンと歩を早め、とある商品へとかぶりつく。


「コーホー……最近お姉ちゃんね。肩コリがヒドくなってきてね。だからね。コレでゔぃぃぃぃぃぃぃぃぃんってやられたらきっと気持ちいいと思うの。コーホー……」


 手にした巨大電気マッサージ棒をゔぃぃぃぃぃぃぃぃぃんってヤリ、思わせぶりに直立式金魚運動を始める優衣菜。

 孝之はなにかを言おうとしたが、言い争いのレベルが想定を遥かに下回ってしまう恐れを予感し、黙り込んだ。

 こんなところで、こんなネグリジェ鉄ヨロイ相手にシモネタ合戦などしていたら、それこそ呼び出し場所が職員室どころではなくなる。孝之は黙ってその商品のカードを抜くと優衣菜に背を向け歩き出した。


「コーホー……買ってくれるのはうれしいんだけど、もうちょっと遊んでほしかった~~~~コーホー……」

「……いいから、早くいくぞ。電子レンジが欲しかったんだろ……」


 優衣菜は部屋でレンジを使う。

 冷めたご飯を温めたり、紅茶のお湯を沸かしたり、冬は湯たんぽを温めたりと、引きこもり生活者にとって自室レンジは必要不可欠。


 ちなみに優衣菜が放棄した家具や家電は、あとで売りに行くつもりだ。

 そうでもしなければ出費がエラいことになってしまう。

 マッサージネタを無視された優衣菜は、面白くなさそうにテキトーに一番安いレンジを選んでいた。





「……そういえば、服はいいのかよ」


 洋服入れを中身ごと外にぶちまけていたのを思い出し、一応聞いてみた。

 すぐ先には婦人服売り場があった。

 下着売り場の二の舞いを恐れ、避けたい場所であったが、服が無ければ無いでそれに付け込まれ意味のわからんホニャララ的な要求をされそうだったので、確認せざるをえなかった。


「コーホー……孝之が素肌で温めてくれるっていうのなら――――」

「買うぞ~~」


 いわんこっちゃない。

 問答無用で売り場へと突き進む。


「いらっしゃい……ま…………せ?」


 店内に入ると、商品の並びを整えていた女性店員が挨拶をしつつ固まってくれた。

 本来なら婦人服売り場に一人で入るなど、躊躇とまどってしまう年頃の孝之だが、優衣菜のおかげで羞恥メーターがぶっ壊れてしまい、なに臆することなく堂々と店員さんに話しかけることができた。


「コレに合う服をみつくろってほしいんですけど」

「コレ……ですか?」


 店員さんは孝之の後ろにベッタリと張り付く、スケスケピンクのお色気ヨロイを見て膝をガクガクと震わせた。

 あまりに意味がわからなさ過ぎて、足にキテしまったようである。


「あ、あの……お客様……と、当店の商品では……そ、その……おサイズに合うモノがご用意できないかと……」


 汗まみれで断りを入れてくる店員さん。

 ごもっともな言い分。

 このまま優衣菜に選ばせてしたったら、どんなに良い服を持ってきてもネグリジェのように引き伸ばされてしまう。

 ちゃんとしたサイズを買わすにはジャマなモノを取っ払わなければならない。

 孝之は小声で店員さんに相談をした。


「あの……実はこのヨロイ……脱いだらスゴイんで。その……人目につかない場所を貸していただけませんか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る