第30話 リズムが重要
「コーホー……ではこのダブルベッドをいただこうか♪ コーホー……」
「は、はい……か、かしこまりました」
――――ダィンダィン。
コレと決めたベッドの上に横になりながら、上機嫌に跳ねる鉄の塊。
注文を受けた店員さんは、これ以上ないほどにぎこちない愛想笑いを浮かべて応対してくれる。
寝具コーナーにやってきて、選ぶことしばらく。
ようやく納得ができるハネ具合のマットレスにめぐり合えた。
なにせ鎧を着込んだままの自分が寝ても、まだ弾力性を残しているほど。
これはさぞかし〝良い〟仕事をしてくれるだろうと確信した。
そこにちょっと他を見ていた孝之が、慌てて戻ってくる。
「ちょ……待て待て待て待て、姉ちゃん!! それダブルだろ!? そんな大きいのはいらない。こっちのシングルにしとけよ!!」
「コーホー……なに言ってるの孝之。私たち新婚夫婦なんだからぁ、このくらい大きくて頑丈なの買わないでどうするの? コーホー……」
「だから違うっつってんじゃんか!! ああぁ……店員さん誤解しないで、僕たちそんなんじゃないんです。ただの姉弟ですので!!」
「コーホー……もうすぐ夫婦になる予定の姉弟である。コーホー……」
「あ……ああぁあ? の、その?? ……お、おめでとうございます……????」
全身鎧に高校生にダブルベッドに姉弟に夫婦。
どうにも混ざり合わない単語が頭の中でカラカラ回って処理できず、女の店員さんは軽いパニックに
「と、とにかくこれのシングルありますか? あるんならそれをお願いします!!」
嫌がる優衣菜を引きずり降ろし、放心している店員さんの肩を揺すって、孝之は強引に注文を決めた。
「コーホー……じゃあ……机はアレで……コーホー……本棚はソレで……コーホー……収納ラックはもうどれでもいい……コーホー……」
ダブルベッドを拒否された優衣菜はあからさまにやる気をなくした。
特売品のL型ソファーに寝そべって、目につく物をテキトーに指さしている。
「……あのなぁ姉ちゃん、いちおう自分の部屋の家具なんだから、もうちょっと真剣に選んだらどうなんだ?」
「コーホー……真剣に選んだら拒否したのあんたでしょ……ベッドが役立たずなら他の家具なんてどうでもいいわ……コーホー……」
「だったら庭に放り出してあるやつ部屋に戻せよ。一式揃えるのにどれだけ金がかかっていると思っているんだ!?」
一応、両親からは生活費以外にもまとまったお金は預かっている。
病院代など、いざというときに使えるようにとの配慮。
もちろん無駄遣いなどできないもので、使ったら使ったで支出は親に報告しなければならなかった。
『部屋に黙って男を侵入させ、気持ち悪がった姉が家具をすべて処分しました』
などと、本当のことを言ったら完全に自分が悪者になってしまう。
かといって、そうなった経緯をもっと詳しく話してしまえば、優衣菜の異常行動も説明しまければならず、それは孝之にとっても都合の悪いことだった。
(小学の頃からセクハラまがいのイタズラをされていたなんて……さすがに親には言えない……俺が悪いわけじゃないんだけど、なんというか……背徳感がエグい)
打ち明けて、家族が気まずくなってしまうのは避けたい。
なんとか姉との関係は、親に気付かれることなく秘密のままにしておきたい。
などと考えていると、いつの間にやら鎧がいなくなっていた。
「あ、あれ?? 姉ちゃんどこいった!?」
探す孝之。
言い訳用のカメラは自分が持っているのだ。それも持たずに勝手に歩かせるわけにはいかない。
孝之は、買い物客のザワメキが大きい方へと目星をつけ、走っていった。
「コーホー……うむ、これはいいかもしれないな。なんともこの……透けぐあいがじつに
「は、はい……あの……お、お、おサイズのほうはソチラでよろしかったでしょうか……?」
ピンクの透け透けネグリジェを、鎧の上から無理やり着込み大満足している優衣菜。その光景に、さっきの店員と同じくプチパニックに陥っている下着売り場の店員さん。
そこにグルグルとキリモミ回転をした孝之が突っ込んできた。
――――がらがらがらがら、がらがっしゃんっ!!!!
真っ赤な下着姿のマネキンを2,3体ほどふっとばす。
「コーホー……まあ、孝之ったらワンパクね。そんなにお姉ちゃんの
「断じて違うわ!! なんだそのハシタナイ服は!! 勝手に離れんな!! 伸び切ってんだろ!! 店員さん勘違いしないで!! 散らかしてスミマセン!!」
どこをどう処理していいか、突っ込みの順番がわからずセリフが渋滞してしまう孝之。
店員さんはとりあえず『お買い上げありがとうございます』と優衣菜がまだ着たままの、伸びたネグリジェの値札を外し、問答無用でレジに通した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます