第29話 VS警備員②

 優衣菜の屁理屈に押されて、口をパクパクさせる警備員のおじさん。

 孝之は我関われかんせずと明後日の方をむいている。


「い、いや……しかしこの女性はファッションで……」

「コーホー……ならばコレもファッションだ。コーホー……」

「いや、それは……」


 猛烈な威圧感をもってそう言い張る優衣菜。

 考え込む警備員。

 彼の中で『ファッションとは?』という議題で自己問答が始まる。


 ぐるぐる頭の中をめぐる『ファッション』と『常識』。

 ついでに『倫理』と『多様性』という言葉もまざってシャッフルされた結果、出てきた答えが――――、


「……わかった。たしかに……ファッションと言われれば……否定できないかもしれない……」


 敗北ともとれる肯定だった。

 机に身を預け、うなだれる警備員。

 勝った、と兜の下でほくそ笑む優衣菜。

 孝之は(いやいや、否定できるでしょ。いくらでも)と思いながらも、これ以上話をややこしくしたくないので黙っている。

 言い負かされた警備員は、しかしこれだけは書いてもらいたいと、始めに渡してきた用紙をあらためて指してきた。


「私も一応警備員だから……常識はともかく安全性だけは重視しないとイカンのよ……。あんたの〝ファッション〟は理解できたが〝あやしい者〟だという私の独断も、申し訳ないが理解してもらうよ。入店を拒むことはしないが、なにかあった時のために身分だけは証明していってくれ……」


 それでもこんなおかしな鎧、入店させて騒ぎにならないわけがない。

 絶対に入れたくない客だが、人権とかを盾にゴネられてもそれはそれで面倒。

 なので一応、話は聞いた、注意もした。という証明のため一筆はぜひとも欲しい。


「コーホー……うむ、問題ない。それならばこの通り、すでに書いてある。コーホー……」

「……いや、そんなあからさまなウソじゃなく、本名だよ本名。あと免許証とかある?」

「コーホー……身分証など持ってきてはいない。それにコレが本名ではないとなぜ言いきれるのだ貴様……コーホー……」


 あああ……またゴネ始めた、面倒くさいなぁ――――と、助けを求めるように孝之へと視線を向ける警備員さん。

 見つめられた孝之はものすごーく嫌そうな顔をし、懐から生徒手帳を取り出した。


「あの……どうか学校にだけは内緒にしておいてもらえますか……?」

「……騒動を起こさなければ、言わないよ。……この鎧との関係は?」


 やれやれ……。

 手帳と記入された用紙を受け取った警備員さんは、確認しながら聞いてくる。

 と――――、


「……姉です」「夫婦である。コーホー……」


 二つの返事が重なった。

 一拍の静止の後、おじさんはポカンと鎧を見つめる。


(いったい何を言ってるんだこの鉄の塊は?)


「いや、違います。姉弟です」「で、ありながら夫婦である。コーホー……」


(姉弟? 姉?? この鎧……女だったのか? いや……そんなことよりも姉弟で夫婦????)

 イカれたファッションセンスだけでも理解の限界だというのに、ここにきて新たな狂事実が発覚。


 ――――ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……。


 理性が理解を拒絶し、脳が思考を一時中断する。

 元々の面倒くさがりな性格も後押しして、


「うん……わかった。もう……行っていいよ」


 すべてがどうでもよくなり、おじさんは警備員としての責任も放り投げた。


 ……こういうオカシナ人間にはフカク関わらないホウガイイ。

 長年の、事なかれ主義人間としての本能が警鐘を鳴らしている。


 最低限のことはした。


 これ以上関わって、おかしな因縁を持ってしまうよりも、なにか問題が起こった時に言い訳を考えるほうがきっと楽に違いない。

 そう判断した。





「コーホー……門番も大したことなかったわね。お姉ちゃんにかかればこんなもんよ。コーホー……」


 論破してやったわ、と上機嫌にガチョンガチョン歩く優衣菜。

 孝之は唯一の言い訳アイテムである自撮り棒を高々と掲げ、優衣菜とともに歩いていた。

 二人はモールの一階を通過し、二階の家具インテリアコーナーへ向かっていた。まずはベットを買ってやらないと、それを言い訳に布団にもぐりこまれそうだったからである。

 一階は食品や生活雑貨、化粧品などのテナントがひしめいていて客も多い。

 しかし当然のことながら二人の近くに誰一人寄ってくる者はいなかった。

 みんな異様な顔をして、遠巻きに見るか、逆に面白がって写真を撮るばかりである。


「コーホー……見世物ではない。寄るな無礼者め!! コーホー……」


 ときどき近寄ってくるチビっ子がいたが、そのつど優衣菜が威嚇して追い返していた。

 幸いだったのは、驚きこそはされたがパニックにはならなかったこと。

 自撮り棒の効果もあってか、みな動画撮影だと思いこんでくれているようだ。

 警備員も、事務所から無線連絡でもあったのだろう。取り囲みたい気持ちを必死に抑えながら直立していた。

 その態度が余計に『撮影許可済み』的な雰囲気を出している。


 おかげで、客も、店員ですらも、みんないい具合に勘違いしてくれていた。

 そうして誰にとがめられることもなく、二人はエスカレーターに乗って二階へと無事上がることができた。

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