第28話 VS警備員①

 そしていきなり捕まった。


「はい、じゃあここに住所と名前書いてね。あとその鎧、脱いでくれるかな?」


 30代も半ばくらいだろうか?

 やる気のなさそうな警備員が、薄っぺらい会議用テーブルに二人分の書類を並べて事務的に言ってきた。

 座る孝之と優衣菜に身分を説明しろと言っているのだ。


 モールに一歩入るなり、速攻で取り囲まれた。

 どこからともなく現れた警備員たち。

 彼らは問答無用で二人を担ぎ上げると警備員事務所へと放り込んだ。

 あまりの早業になすがまま、抵抗する間などなかった。


「いやあの……僕たちは怪しいものじゃないんですけど……」


 一応、弁解してみる孝之。

 自分でも無理があるとわかっているのだが、言わないことには話が進まない。

 それを聞いた警備員のおじさんは「はいはい」と無表情で生返事。

 とにかくなんでもいいから名前を書けと無言で用紙をコンコン叩いた。


 怪しいものじゃないとは?

 鎧姿の優衣菜に目を向け、そして孝之へと戻してくる。

 孝之は「ですよね~~~~」と、それ以上は否定できずに頭をかかえた。


「いやその……いちおう……その僕たち、動画撮ってましてね。これはその衣装というかコスプレみたいなものでして……」


 通らないだろうなと思いつつ、言い訳を続けてみるが、


「許可は?」

「……いえ」


 やはりダメだった。


「あの……いまから許可ってもらえます?」

「基本的にうちは動画撮影禁止だよ。ましてやそんなふざけた格好じゃ、撮影どころか。歩かせるわけにもいかないね」


 冷たく言い捨てる警備員さん。

 孝之は「こりゃダメだ。今日はあきらめよう」と観念し、優衣菜を見る。

 と、名前欄に『えま・わとそん』と書いていた兜がギギギと上を向いた。


「コーホー……これは私の正装だ。このデパートは客の服装に文句をつけるというのかな? コーホー……」

「正装って……あんた、そんなカチンコチンな服がどこにあるって言うんだい? それはね鎧っていうんだよ、西洋鎧。剣もあるし、危険物でしょそれ。なんなら警察を呼んだっていいんだよ?」


 警察と聞いて孝之のおでこにどっと汗が吹き出てくる。

 ただでさえバカみたいな格好をしている姉が、さらにパトカーになど乗ってしまったら……これはもうご近所の悪評も最高峰に達するのはあきらか。


 いや、ご近所の評判などはもうあきらめている。

 最悪なのは学校に連絡されること。

 鎧と並んでショッピングモールに侵入することが、いったいどういう罪になるのかわからないが……なんだかとっても不名誉な罪状を貼り付けられそうで怖い。

 それだけはカンベンしてほしかった。


 優衣菜はスラリと剣を引き抜く。


「コーホー……これは竹光もぞうひんだ。見ろ、刃はついていない。これでもダメと言うのかね? コーホー……」

「いやまぁ……そりゃそうだろうけどもさ」


 言いつつも一応確認する警備員さん。

 たしかに剣は銀色ではあるが竹製で、もちろん刃もついていない。

 ついてたらその時点で犯罪者なので、そりゃそうなのであるが……。


「ともかくそんな格好じゃほかのお客さんの迷惑になるから、買い物したければもっと普通の格好で来てくれないか?」


 というか、普通の格好でも現時点で頭がおかしいのは確定的だ。できれば二度と来てほしくない。

 そんな態度を隠そうともせず、あからさまにため息をつく。

 そんな警備員のおじさんに優衣菜は、


「コーホー……でもそれってあなたの感想ですよね? コーホー……」


 どこかの厄介者が得意としているセリフをあびせた。

 そして、は? と見返してくるおじさんに言葉をたたみかける。


「コーホー……貴様にとっての〝普通〟と私にとっての〝普通〟は違う。私にとっては、いまの服装こそ正装だと先程も申した。しかし貴様はそれを全否定し、自分の価値観を押し付けるように『俺様にとっての〝普通〟に合わせた服装で出直してこい』と言ったな? それは単なる貴様個人の価値観の押しつけであり、公私混同、職権乱用の暴挙と思われるが? それでも貴様が警察を呼ぶというのなら、私はこのデパートと警備会社、両方の責任者に連絡することになるぞ? コーホー……」


 どうでもいいが……なぜ優衣菜は鎧姿になると喋り方が威圧的になるのか不思議に思う孝之。

 あれかな……防御力が上がって気持ちも大きくなってるってことかな?

 現実逃避ぎみに、関係のないことを考えている。


「い、いや……私はべつに押し付けとかはしてないよ。あ、あくまで常識的な判断でモノを言っているんだ」


 屁理屈をゴネはじめた鎧を面倒くさそうに、困った顔をする警備員さん。

 優衣菜はいくつも並んでいる、店内を映した監視モニターの一つを指さした。


「コーホー……たとえばアレはどう思う? コーホー……」


 そこには女性服売り場を見て回っている、一人の若い女が映っていた。

 季節は9月。そろそろ秋。

 しかし女は夏服まがいの薄着で上下揃えていた。


 胸元を大胆に見せたへそ出しオフショルダー フリルトリム Tシャツに、下は下着のラインがハッキリと見えるほどのタイトなホットパンツ。

 そこにいるだけで、中学生男子が〝く〟の字になってしまうような〝扇情的スケベ〟を具現化したような格好であった。


「コーホー……私に言わせれば、この万年発情雌豚痴女やりまんをそのまま店内に放置しておくほうが、よほど〝常軌を逸している〟と思うがな? それとも貴様の〝常識〟ではあの裸同然の女はよくて、全身を包み隠した私はダメだというのかな? そんな貴様の判断基準はどこにある? ……もしかして肌の露出は多ければ多いほど良いと言うつもりじゃないだろうな? コーホー……」

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