第27話 日本人だから

「撮影中です。はいごめんなさい撮影中です」

「コーホー……。コーホー……」


 愛美アフロディーテの言う通り、自撮り棒の効果は絶大だった。

 道行く者はみな優衣菜を見て、いったんはギョッとするのだが、高く掲げた自撮り棒と、盾に書き足された再生ボタンマークを見て勝手に納得してくれた。


「コーホー……た、たかゆき……コーホー……」


 鎧の中から弱々しい声が聞こえてきた。

 乱れた息に、兜の隙間から蒸気も上がっている。


「なんだよ」

「コーホー……つ、つらい……もう、だんだん……歩けなくなってきた……コーホー……」

「そんなもの着てるからだろうが……」


 フルプレートアーマーの重量は40キロほど。

 おまけに立派なロングソードと大きなタワーシールドも装備しているので総重量となればいったいどのくらいになるのだろうか?


「完全に自業自得だ。嫌なら帰るか、ここで脱ぎ捨てていくかのどっちかだな」


 冷たく言う孝之。そんな弟に、

 がしゃこん。

 おもむろにアーマーの腕を上げ、開いた脇から横乳を見せてやる優衣菜。


「ぶっ!! んな、なななにやってんの!??」


 突然見せられたセクシーショットに、唾を吹き散らかし狼狽うろたえる。


「コーホー……お姉ちゃん、この下はビキニだから。脱げっていうのなら脱ぐけど……姉のあられもない姿、いやらしい男たちの淫視いんしにさらされ、汚されても……孝之は愛してくれるのかしら? コーホー……」


 すでに道は住宅街から大通りに出ていて、往来には多くの男性が行き交っていた。

 その人たちはみな孝之たちを避けて大回りで通過していく。


「さらされなくとも愛さんし、だったら帰れと言っている!!」

「コーホー……服を捨て、ギリギリまで軽量化してまでもついていこうとする健気な姉に、胸のひとつもキュンキュンしないのかね? コーホー……」

「かね? じゃねーよ、しねーよ。だったらどうすんだよ? いや、おぶらんよ?」


 さあ、と言わんばかりに両手を差し出している優衣菜を突っぱねる。

 レスラーじゃないのだ。そんな鉄の塊持ち上げられるわけがない。

 それに中身は裸同然の女体が詰まったているときたものだ。もしこれで職務質問とかされたら完全に犯罪者扱いになるじゃないか。

 困っていることろに、


 ――――プシューン。


 ちょうど路線バスが止まった。

 すぐそこには、おあつらえむきのバス停看板が。


「コーホー……おお、良きタイミング。あれに乗ろう〝駅前行き〟ってなってるしデパートの前も通る。乗ろう乗ろう。コーホー……」

「いや、ちょ、ちょっと待てっ!???」


 ガションガション。

 渡りに船とばかり、返事も待たず優衣菜はバスへと乗り込んでいった。





「…………………………………………」


 路線バスの運転手は、バックミラーを見ながら静かに固まっていた。

 ミラーの中には客室が映っているのだが、そこに信じられないモノが。


 (……俺は……疲れているのだろうか?)


 乗ってきた銀色の客を見ながら目をこすった。

 どう見ても西洋甲冑だったからだ。


 (――――え? バスジャック??)


 見た瞬間はそう思い、身を強張らせてしまったが、大人しく立っているだけで何を言う素振りもない。

 となると、ただの変質者か?

 いやいや……にしてもぶっ飛び過ぎてやしないか?

 日曜日の白昼堂々『驪竜之珠りりょうのたま』と赤く書かれた巨大な盾を持ち、足よりも長いロングソードを引きずって吊り革にぶら下がる全身鎧。


 そんな摩訶不思議な存在。

 いくら物騒になった世の中といえど、あるわけないではないか。


 まわりの客もとくに騒ぐようすはない。

 みな目をそらし、意識なく外を眺めている。

 

 と、いうことは。

 そうか……これは俺が見ている幻覚なんだな……。

 ……やっぱり……疲れているんだ……。

 最近、残業ばっかりだったし……孫とも遊んでやれてない……。

 今日はできるだけ早く上がって、温かい風呂にゆっくり浸かりビールでも飲んで寝よう。

 きっと働き過ぎなんだ……。


 それでも――――乗客を不安にさせてはいけない。


 森田運転手(61)は過労による幻覚症状を悟られまいと、努めて背を伸ばし意識をハッキリと保ちながらブレーキを緩めた。

 ゆるゆると発進するバスの中、乗客のほとんどは運転手と同じことを考えていた。





「コーホー……ご苦労であった。コーホー……」


 運賃箱にチャラリと小銭を入れ、優衣菜はバスを降りていく。

 気まずそうな顔をした孝之も一緒に降りると、すぐに扉は閉められた。

 発進するとき、運転手の人がものすごい目で優衣菜を見ていたが、いったい何を思っていたのだろうか?


 乗客の人たちもみんな一言も話さず、ジッと視線を外していた。

 変に聞かれるよりも、騒がれるよりも、よっぽど良かったが何も思われていなかったわけでは絶対ない。


「……俺も顔隠しとけばよかったかな……」


 優衣菜はともかく、自分の顔はきっと覚えられてしまっただろう。

 無駄な努力と思いつつも無関係を装っていたが、途中から腕を組まれていた。

 絶対仲間だと思われている。

 これでまた、表を歩きづらくなったわけだ。


 しかし本番はこれから。


 大量の人がうごめく、日曜のショッピングモール。

 人目にさらされるのはバスの比ではない。

 これ一本で、はたして乗り切れるのか?

 愛美アフロディーテより授かった〝聖剣自撮り棒〟を握りしめ、孝之は今日の攻略ダンジョンにあるであろう、百貨店ビルを見上げた。

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