第25話 ささやかな復讐
「な……なんだ……これは」
お土産のケーキを道路にポトリと落として、孝之は唖然と肩を落とした。
自宅の玄関に、扉が見えないほどのゴミの山が積み上げられていたからだ。
「な、な、な……!?」
それらはすべて優衣菜の部屋のゴミだとすぐにわかったが、わからないのはそれがなぜ外に散乱しているのかということ。
言葉を失い立ちすくんでいると、ガチャリと扉が開いて、中からゴミの袋をつかんだ女の手だけが出てきた。そしてポイっと適当に投げ捨てるとまた扉が閉まった。
「ちょっと待てやーーーーーーーーーーっ!!!!」
「――――え?」
扉に突き刺さる孝之の怒号。
ガチャリ――――再び開けられた扉。その隙間から、外を警戒するように腰が引けた優衣菜の半身が見えた。
「姉ちゃん……これ、なんなん……?」
行く手を塞ぐように積まれたゴミ越しに、引きつった顔の孝之が質問する。
優衣菜は隙間から目だけ光らせて答えた。
「なにって……お掃除してたのよ……数年ぶりに……。……したくなかったけど……宝物ばかりだったけれども……断腸の思いのダンジリしてたのよ……」
「……
「そうとも言うわね」
しばらくの間を挟んで――――。
「なんで急に掃除なんか……?」
「……知らない男の匂いがシミついたからに決まってるでしょ。私、潔癖症だから、そんな部屋に一日だっていられないから」
潔癖症とは? ……小一時間問い正したい。
そして俺の部屋はそんなあんたの匂いでプンプンしてたがな。とも言いたかったが、ともかく掃除はやらせようと思っていたのでちょうどいい。
「にしても……玄関に山積みはないだろ。ゴミの日は
「いやだ。こんな汚らわしいモノ、家の中に一秒たりとも置いときたくない」
慎吾よ……エラい言われようだぞ。
本人が聞いていたら、号泣すること間違いない。
捨てられていたのは部屋のゴミだけじゃなく、まだ新しい文庫本やゲーム。本棚に机、マットレスもあった。
どうやら部屋の家具一式、中身ごと外に放り出したようである。
「……パソコンまで……あのなぁ、いくらなんでもこれはもったいないだろう?」
ゴミの山を踏みつけ掻き分け、玄関へと進む孝之。途中、キーボードを見つけたので引き抜いたら本体も一緒についてきた。
「そのコはもうダメよ……汚されてしまったわ。そんな淫らなコ。もう私の親友じゃない……」
涙に血を含ませて、優衣菜は扉の角に歯を立てた。
ひきこもりにとって、パソコンとは自分の命よりも大切なもの。
それを手放す優衣菜の無念は、計り知れない。
……昨日はちょっとやりすぎたかもしれない。
ほんの少しだけ反省しながら、なんとか玄関へたどりつく。
「……これ、
足に絡まったゴミ袋。それにつまずきそうになりながらも、何とか玄関内に入り、バツが悪そうに買ってきたケーキを手渡した。
扉を閉めてホッとしていた優衣菜はそれを見て、
「う……うわぁ~~ぃ……お姉ちゃんの大好物……べいくどちーずけーき……。あ、あ、ありがと~~……たかゆき~~~~」
昨日、同じものを吐くほど食べた優衣菜は死んだ目を隠しきれずに、ぎこちなくそれを受け取った。
「……ねぇ、今日……孝之の部屋で寝ていい?」
――――どばっしゅっ!!!!
上目遣いで懇願してくる姉の顔面に、盛大に味噌汁をぶっかける孝之。
夕飯は案の定、用意されてはいなかった。
べつに期待はしていなかったし、下手に作られるよりも冷凍食品とインスタント味噌汁で済ませたほうが無難だ。
ゴミの山のせいで気力も尽きた。
明日からは土日だし、後始末は後にして今日はもうさっさと食べて寝てしまおう。
そう考え、味噌汁を一口含んだ矢先にバカなことを言われたからだ。
「……い、い、いいわけねぇだろ、なに考えてんだよ」
当然のごとく拒否する孝之。
ポタポタと滴る味噌汁をそのままに、優衣菜は目を半開きにする。
「だって……私……今夜パソコン無いのよ? お姉ちゃんはね、寝る前に、必ず、ちょっとエッチィなサイトを巡って、ほにゃららほんわかぴ~~~~……なコトをシなければ寝れない体なの。孝之も知ってるでしょう?」
「知らんわ」
「だからね。今夜は孝之の部屋で、孝之のPCを使って、孝之の匂いがシミた布団の中でほにゃららほんわかぴ~~~~なひとときを」
「外の自分のやつ取ってこいよ!!」
「あのコはダメ。……NTRされたから……」
「難儀なことを言うな!! 俺のPCだってプライバシーでいっぱいなんだ、使わせるワケないだろう!!」
「……『新しいフォルダ2』に入っていた画像のことなら気にしなくていいわよ。お姉ちゃんそういうの理解あるから」
「お、お、お、お前見たのかよ!!!! ロックかけてたはずだぞ!! どうやったんだ、ふざけんなっ!!!!」
「やられたことをやり返しただけよ。言っとくけどね、孝之の部屋はもう開けたから、堂々と開けたから!! 宝箱も全部開けてやったから!!!!」
「おい、鍵はっ!??」
「扉のほうをハンマーでぶち破ってやったわよ!! もうこうなったら遠慮とかしないから、お姉ちゃん実力行使でいくから!!」
けっきょくその晩、優衣菜は孝之の部屋で寝た。
すべてを乗っ取られた孝之は、リビングのソファーで毛布にくるまり、ひとり枕を濡らすことになった。
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