第24話 気にしてるんだよ

 翌日、慎吾は学校に来なかった。


 担任へ『もう人が信じられません。世を捨て旅に出ます』とだけメールがあったらしい。当然のごとく孝之が事情徴収に呼び出されたが『知らぬ存ぜぬ』とシラを切り通した。


 まさか『姉とのキスシーンを見られたのが原因』なんて言えるわけがない。

 旅と言ってもどうせMMORPGの世界へ逃避しているだけだろう。

 担任にもそう説明し、思春期特有の情緒不安定ということで納得してもらった。


 慎吾へは一応メールで『あれは単なる姉のイタズラで、そういうのじゃない』と送ったら『そういうのってどういうのよ!? もう、キライっ!!』となぜかオネエ口調で返ってきたので『うざい』と返信したらそれっきり返事はなかった。

 まぁ、あいつのことだから数日もあれば、勝手に都合よく自己解決し、立ち直ってくれるだろう。


 それよりも問題は優衣菜のほうだった。

 知らない男に部屋を荒らされたと、昨日からずっと大激怒してるのだ。

 たしかに言い分はもっともなのだが、しかし優衣菜にも非はある。

 孝之にしてみればこうするしか方法はなかったのだ。


 バレてしまったが、写真はなんとか全て消去できた。

 問題のキス動画は残ってしまっているが、あれは自分が受け身なので脅迫材料としては弱いだろう。

 あとは何とか機嫌を直してもらって、生活を仕切り直すしかない。


「……とりあえず今日は何か好物でも……買って帰ってやろうか」





 放課後、孝之は家の近所にある喫茶店『珈琲処・破沼庵ハヌマーン』に立ち寄った。

 ここは父が昔からよく利用していた喫茶店で、孝之も顔なじみ。

 優衣菜も引っ越してきたときから、ここのベイクドチーズケーキが大好きだった。

 それをお土産に買って帰ろうと考えていた。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ――――ってなんだ孝之か」


 扉を開け、カウベルが鳴る。

 出迎えてくれたのは、気の強そうな、しかし凛と美人な女性だった。

 爽やかな縦縞シャツに黒のベスト。蝶ネクタイ。

 腰から下は同じく黒のエプロンを下げていて、ブロンドの髪は三つ編みに一本で束ねられていた。

 名前は『神崎愛美アフロディーテ』 歳は、たしか今年で24。

 優衣菜と同じ高校の先輩で元ヤン。

 いまは父が経営するこの喫茶店でマスター代理をやっている。


「ちょっとさ、またケーキが欲しくて。包んで欲しいんですけど」

「ああ、まいど。……優衣菜にかい?」


 少し不思議そうに、首をかしげながら聞いてくる。


「まぁ……」


 適当にぼやかしながら返事した。

 姉の機嫌が悪いとき、ここのケーキを与えればたいてい治ってくれるので覚えられてしまっている。


「あいつは元気かい?」

「……変な方向にだけは元気です。それを外に向けてくれたらいいんですけど……」

「まぁ、いろいろある。ヘコんでるときはヘコめばいいさ」

「ヘコんでるっていうか……怠けてるだけだと思うんですけど……」

「意識高いフリしてるやつよりは好きだよ。人間らしい」

「……人間……」


 欲望に忠実と言えばそうなのかもしれないが、それを抑えるのもまた人間。

 優衣菜にはぜひそういう〝らしさ〟をみにつけてほしい。


「はいよ。ツケの分と合わせて5000円だ」


 小さなケーキボックスと一種にレシートが置かれる。


「たか!? ――――ツケ??」

「ああそうだよ。昨日、優衣菜が食ったぶんだ」

「昨日!??」


 優衣菜は基本、外には出ない。

 が、どうしてもここのケーキを食べたくなったとき、深夜の閉店間際を狙って出てくるトキがある。

 人気のない夜なら、なんとか外の空気も我慢できるそうなのだ。

 金がないのでツケで食べているみたいだが、おかげで度々その分を、父や孝之が払わされる羽目になっていた。

 父いわく『少しでも外に出てくれるなら、このぐらい安いもの』らしく、自由にさせてやってくれと頼まれている。

 家族以外の人間と会話する貴重な機会でもあるし、孝之としてもそれはかまわないのだが、なんだかゲンキンな話のようにも思えて、納得できないところもあった。


「昨日いきなりやってきてな。孝之に汚されたって、ひとしきり泣きながらやけ食いしてたぞ? ……お前なにやったんだ?」

「いや、その……なにってこともないけど……」

「十個ほど食ったら吐きそうになって、大丈夫かと聞いたら、これは〝ツワリ〟だから平気って言ってたぞ……ホントになにやったんだ?」

「なんにもしてないですよ!! あいつのタワゴトに耳を貸さないでください!!」

「わ~~かってるけどさ(笑)」


 いつものことだろ? と、姉弟の事情に詳しい愛美アフロディーテは可笑しそうに笑った。


「……けど、あれだろ? 両親しばらく帰ってこないんだろ? ……大丈夫だと思うが……大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫ですよ、決まってるでしょ!! 変な想像しないでください!! 俺たちは姉弟なんですから、変なことになるワケがないんです!!」

「……そう思ってるのはお前だけだったりしてな」


 いやらしく笑う愛美アフロディーテ

 そんなマスター代理に、


「とにかくお金、置いときますから!! 変な想像はやめてくださいねアフロディーテさん」


 言って、出ていこうとする孝之。

 扉に手をかけたところで、


 ――――ヒュンッザスッ!!!!

 ペティーナイフが孝之の顔面すぐ横、木製の扉板に突き刺さった。

 ――――びぃぃぃぃぃぃん。


 鋭い振動音とともに、ギコチナク振り返る孝之。


愛美あみ、だ。……こんど間違えたら当てるぜ?」

「は……はは……はぃ……」


 しまった、これは地雷だったなと青ざめる孝之だった。

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