第22話 許しがたし
「終わったな……すべて、なにもかも……」
USBメモリをポートから抜き、慎吾はやりきった顔でぐったりと肩を落とした。
データーは全部消去した。
これで孝之の弱みはすべて消えたはず。
優衣菜さんにとっては悲劇だろうが、これも彼女の将来を思ってのこと。
「どうか許してください優衣菜さん……」
ひとり呟くと、静かに椅子から立ち上がり部屋を見回した。
作戦を終えたなら、あとは一刻も早く脱出しなければならない。
できれば……できることならもう少し――――もう一分でもこの部屋の空気を堪能していたいが、そうも言っていられない。
いつまた、下が異変を感じて騒ぎだすかわからない。
そうなるまえに退散しなければ……もし見つかりでもしたら嫌われるどころの話ではなくなる。
そうなったら……自分は……生きていく自信がない。
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
最後の未練にと、匂いがたっぷり染みた空気を胸いっぱいに吸い込む。
――――よし、これでもう思い残すことはない。
満足したように息を止め、椅子を元あった場所と形に戻す。
そのとき手元がくるって、雑に飛び出ていたキャビネットに椅子のキャスターが当たってしまった。
――――ごんっ。
「しまっ!?」
思わず声を出してしまい、口を塞ぐ慎吾。
よけいな音を立ててしまったと、肝を冷やしながら神経を集中させる。
カッチカッチカッチカッチ……。
壁時計の秒針が音を刻んだ。
全神経を集中して階下の気配を探ってみる。
……………………とくに目立った動きは感じられなかった。
どうやら音には気付かなかったようだ。
「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~……」
不幸中の幸い。
どっと吹き出た冷や汗を拭い、深い深い安堵の息を吐く。
(やれやれ……チビるかと思ったぜ……)
好きな人の部屋に不法侵入したあげく放尿で匂い付けして帰るなど、もはや畜生にも劣る行動ではないか。
「……危うく人の道を踏み外しかけるところだった……」
世間から見ればとっくに踏み外しているのだが、慎吾の中ではまだ許されている。
ぶつかった衝撃で、わずかにキャビネットの引き出しが開いていた。
「……?」
その中には、学生時代に使っていたのだろう何かのファイルだとかノートとかが整理されずに押し込められていたが、その隙間に一枚のチップを見つけ、慎吾はそれをなんとなく手に取った。
それはメモリーカードだった。
「…………………………………………」
雑書の中、まるで隠すように入れられた一枚のメモリー。
怪しいものです、と言わんばかりのそれを素通りするなど、とてもできなかった。
フッと息を吹きかけホコリを落とし、机の下に置いてあるPC本体へと挿入する。
カード内には一つのフォルダーが入っていた。
『秘密の思い出』
そう名付けられたフォルダー。
中には動画ファイルがいくつも入っていた。
アイコンには、数年前だろう、いまよりもあどけなく可愛らしい優衣菜の姿が写っていた。
慎吾はドキドキと高鳴る胸を押さえてそれを開いてみる。
すると、そこにはやはり女子高生時代の優衣菜が映っていた。
制服姿の優衣菜は人差し指を唇にあて、無邪気に、いたずらっぽく笑っていた。
背景には見覚えのある扉が写っていた。
優衣菜が静かにその扉を開けると、中にはベットで寝ている孝之が。
画面の中の優衣菜はそんな孝之に忍び足で近寄ると――――、
『おっはよーーーー!! 早く起きないと遅刻するよ~~~~!!』
笑って、眠る孝之の上へと元気に飛び乗った。
『ぐえっ!?』と唸って目を覚ます中学生の孝之。
その上に馬乗りになった優衣菜は、
『時間過ぎても寝ているだらしない弟には~~~~こうだっ!! んっちゅ~~~~~~~~~~~~~~♡』
と、まだ寝ぼけマナコの弟の唇に、自らの唇を――――、
「ちょっと孝之……やっぱり、さっきからなにしてんの?」
どうみても怪しい素振りをしている弟を、怪訝な表情で見つめる優衣菜。
なにか膝の上で
そう思って身を乗り出し、テーブルに手を突きながら孝之の手元を覗き込もうとする。
「え? いや……べつになにも――――っ!???」
顔を上げた孝之は、体勢のせいでパックリ開いてしまった姉の胸元に不覚にも目を奪われてしまう。
そのスキに、さらに体を前に押し出し、股ぐらを覗き込む優衣菜。
「――――む!?」
そこには見慣れた自分の携帯が、そして開かれていた画像フォルダーがあった。
「……た・か・ゆ・き~~~~?」
帯に手を回し、全てを悟った優衣菜。
やりおったな、と目つきで弟を睨む。
写真アイコンには孝之にとって都合の悪いものだけにチェックがされて『消去しますか?』のメッセージが。
孝之の、引きつった目が携帯に落ちる。
親指が『はい』を押そうとするが、
「させるかぁぁぁぁぁぁっ!!」
押させまいと優衣菜は飛びついた!!
――――ガラガラガッシャァァァァァァァァンッ!!!!
夕飯ごとひっくり返るテーブルと椅子。
もみ合う二人の頭上から、
『
どう誤魔化しようもない、
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