第21話 プラトニック・ラヴ

「……孝之、さっきからうつむいてなにやってんの?」


 ――――びく!!


「い、いや……べ、べべつに? ちょ、ちょっと考えごとをさ……」


 あからさまに不自然な動きに、さすがの優衣菜も気付いてしまったかと大汗を浮かべ、焦る孝之。

 優衣菜はますます眉を寄せていぶかしがるが、なにごともないように食事を再開した孝之を見て、首を傾げつつも興味を別に移した。


「あ、そういえば今日、面白い動画見つけたんだけどさ、え~~っとね……」


 孝之にも見せてやろうと携帯を取り出すべく、帯へと手を伸ばす。


「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

「うぉおぉっ!?? なに、なになに!?? と、突然どうしたの!?」


 いきなり大声をあげた孝之。

 びっくりした優衣菜は椅子からひっくり返りそうになる。


「あ、いや……ど、ど、ど、動画とか……食事どきに見るものじゃないなと思って……」

「……え~~~~……でも自分だって…………」

「いやいや……これはちょっと……学校から大事な連絡があって仕方なく……。でももう終わったから。せ、せっかく作った食事をさ、そんな上の空で食べられたら俺だって嫌だし……」


 興味を携帯から逸らそうと、なんとか理由をひねりだす孝之。

 かつて、大っきらいな母親から同じことを言われた優衣菜は白けた顔になって、


「ふ~~ん……まぁ、たしかにそうかもしれないけどさ……」


 面白くなさそうに手を箸へ戻した。

 ちなみにメニューは味噌汁とレトルトのハンバーグ。

 そこまで手の込んだものじゃなかったが、それでもお行儀よく、きちんと食べなければ作ってくれた弟に申し訳ない。

 そう理解してくれたようである。

 着物の襟を正して、姿勢も正す。


 その間、孝之はというと。


(ぬぉぉぉぉぉ、いまのうち、いまのうちにぃ~~~~~~~~っ!!!!)


 ご飯にがっつくフリをして、また携帯をまさぐっていた。

 右手で箸を操り、左手で携帯を操作する。

 結果、茶碗を持つことができず犬食い状態になるが致し方ない。

 優衣菜がまた、怪しげな顔で見つめてくるが、ここは勢いで突っ走る。


 卓越された指使い。

 電光石火で写真ファイルの在り処を見つける。

 ここにもパスワードがかかっていたが、さっきと別のパターンを二種類試したところで見事ビンゴ。

 写真の保存フォルダが開かれた。


 さあ、あとは昨日の黒歴史画像を消去するだけだ。

 一面に表示された画像アイコンに、孝之の視線が流れるように走った。





「はぁはぁはぁ……はぁはぁはぁ……」


 優衣菜の匂いがしみ付いた部屋の中。

 PCモニターの光に照らされて、慎吾の顔が不気味に浮かび上がっている。

 作業は順調に進んでいた。

 立ち上げ時のパスワードは、あらかじめ孝之から聞いていたいくつかの候補を入力したら簡単に開いてくれた。

 画像フォルダーも見つけて開けてみた。

 中には、聞かされていた通り、姉のベッドの上でパンツを鑑賞する変態弟の写真が記録されていた。


(野郎……俺をさんざん犯罪者呼ばわりしておいて、自分だって似たようなことしてるじゃねぇか……)


 見た目は完全に変質者。

 たしかにこれはどんなに言い訳したところで、逃れることはできないだろう。

 優衣菜さんにとっては貴重な証拠写真。

 これさえあれば一生、尻に敷いていける。

 しかしそれだと優衣菜さんは……。

 昼間、孝之が言った、将来の顛末を思い出し、強く頭を振る慎吾。


「ごめんなさい優衣菜さん……これもあなたを想えばこそ……。どうか、どうか恨まないでください」


 これは裏切りではないのです……と、涙を流し、画像を消去する。

 それ以外の画像も色々入っていた。

 それらはすべて、優衣菜がモデルをやっていた時代の写真で、そこに写っている高校生時代の優衣菜はとても明るい表情で、輝いて見えた。


 USBポートに差し込んだメモリがチカチカ光っている。

 クラウドのパスワードを解析するハッキングプログラムを送っているのだ。

 さすがの孝之も、このレベルの複雑なパスワードは見当がつかなかったらしいのだが、アカウントロックさえ外れればこっちのもの。あとはいかようにもイジクリ回せる。それだけのスキルが慎吾にはあった。


 ナゼあるのかは言えないが。

 ともかく、こちらのデータ消去も、もはや時間の問題。


 仕事の九割は終わったといえる。

 慎吾は目に入ってしまった優衣菜のアイコン画像からそっと目をそらすとフォルダーを閉じた。

 そして黙って手を組んで、その上に顎を乗せる。


 これ以上の閲覧はプライベートの侵害。

 なにをいまさらと言われるかもしれないが、恋する優衣菜に対しては、できるだけ紳士でいたいと慎吾は思っている。


 本音は死ぬほど見たいし、コピーもしたい。

 しかしそれをしてしまったら自分の中の天使が自分を許さないだろう。

 明日からまた笑顔で優衣菜と会えるように、慎吾は今を乗り切る。

 唇を噛みしめて。


 ポケットにはしっかりとパンツが収められているが、それはまた別の話なのだ。

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