第18話 主導権奪還作戦

 ――――夕方。


 ガチャンッ!!

 帰宅した孝之は、わざと大きな音をたてて玄関扉を開けてみた。

 しかし、

 し~~~~~~~~~~~~~~~~ん。

 案の定、姉は出迎えにこなかった。


 今朝もそうだったが、弱みを握られてから姉の態度が豹変した。

 朝ごはんどころか、送り出しもせずに寝ていたのだ。

 べつにかまってほしかったわけでは絶対ないが、こうも手の平を返されると面白くはない。


 リビングに上がるとテーブルの上にはビールの空き缶とお菓子の袋が散乱していて、台所のシンクには食べ終わったカップラーメンの空き容器が洗われずにプカプカ浮いていた。

 脱衣所にも洗濯物が放置されて、お風呂の水も抜いてない。

 家事仕事は何一つされていなかった。


「立場が強くなった途端にこれだよあの女郎めろう。……でもその天下がいつまでも続くと思うなよ」


 孝之は携帯を取り出すと『オッケーだ。入ってきていいぞ』と誰かに連絡した。





「ふわぁ~~~~い……おはよ~~~~う。……ビール飲みながらゲームしてたらそのまま寝ちゃった~~~~。いま何時ぃ~~七時ぃ~~~~? ……お腹すいたぁ~~~~たかゆき~~ご~は~ん~~」


 酒の匂いをプンプンさせながら優衣菜が二階から下りてきた。

 そんな姉に冷ややかな視線を向ける孝之。


「なによぅ、ちょっとくらいいいじゃないの~~~~ここしばらくお姉ちゃん頑張ってたんだからさ~~。たまには元の生活に戻らせてよ~~~~ぅ」

「……どうでもいいけど乳を隠せ、半分出てる」


 作った夕飯をテーブルに並べながら、以前に戻るどころか、反動で割増にだらしなくなっている姉をたしなめる孝之。

 半身がずれ落ちてしまっている死装束を直しながら、優衣菜はいやらしい笑みを浮かべ、孝之にすり寄った。


「なんだよ~~、本当は嬉しいくせにさ。いいんだよ別に、興奮しちゃっても~~ホントの姉弟じゃないんだし~~~~。……なんならこのままお姉ちゃんと~~リアルおままごとでもし・ちゃ・う・?」

「いたしません」


 姉の悪ノリを、照れも動揺もなく、至極冷静に受け流す孝之。

 準備をし終えると、先にいただきますをする。

 優衣菜は口をとがらせて。


「ちぇ~~、い・く・じ・な・し。せっかく若い男女が二人っきりなんだからさ、もっと色々大胆に楽しんだらいいのに~~」


 席につく優衣菜の後ろ、廊下の影から光が見えた。

 それは嫉妬の炎に身を焦がし、血の涙を流している慎吾の瞳だった。


「――――ぶっ!!」


 口を付けていたお椀から味噌汁を吹き出す孝之。


「?」


 それに優衣菜が反応し、キョロキョロとあたりを見回す。


「んん、なに? なにかいたの?」

「いや、何でもない!!」


 誤魔化しながら孝之は『早くいけバカ!!』と目で合図を送る。

 しかし慎吾はプルプルと震えながら『お、お前……やっぱりお前……リ、リ、リ、リアルな……おままごと的な――――お前っ!!』と血走った眼球を、落ちそうなくらいに張り出させ睨み返してきた。

 孝之は『違う誤解だ、俺はまだ何もしていない。本当だ!!』と返すが、

『〝まだ〟ってどういうことよ? ……お前、やっぱりお前……ゆくゆくは禁断の壁をお前……!!』

『だ~~か~~ら~~!!』


 そこで優衣菜が気配に気づき、


「ん? ――後ろ?」


 と、振り返った。


「姉ちゃん!!」


 ――――ガ!!

 そんな視線を引き戻すように、孝之は優衣菜の頭を抱きしめた。


「あ痛った!! え……なに――――孝之?」


 テーブルを揺らしながら、突然抱きしめてきた弟に胸をときめかせる。

 その力強い手に、手を重ねながら優衣菜は、次の展開を勝手に期待し少しだけ頬を赤らめ、そっと目を閉じた。

 そのすきに孝之は、ますます目を赤くさせる慎吾に『だから早く行けって!! 行かないとマジで〝ままごと〟が始まるぞ!! そうなるともう取り返しがつかん!! いいのか!? お前は本当にそれでいいのか~~!!??』と脅迫まがいに訴えた。


 慎吾は食いちぎらんばかりに唇を噛み締め、血の涙を流しながら、溶けるように闇に消えていった。


 それを見送ると孝之は、優衣菜の口に生の茄子を突っ込む。

 そして何事もなかったよう背もたれに体をあずけると、


「……頼むぞ慎吾。いまはお前だけが頼りだ……」


 天井を見上げ、心の中でそうつぶやいた。





「ふ~~~~……ふ~~~~……」


 音を殺して階段を上がる慎吾。

 目指すは禁断の花園、優衣菜さんの自室。


 孝之の考えた『主導権奪還作戦』は実にシンプル。


 夕飯どき。

 孝之が優衣菜を食卓に引き付けている間に、慎吾が部屋に侵入。

 PCをハッキングし、画像フォルダーとクラウド内のデーターを破壊する。

 その間、孝之は時間を稼ぎつつ優衣菜から携帯を盗み取り、同じく画像を消去する。

 これで優衣菜の優位はなくなり、共同生活の主導権イニシアティブがまた孝之に帰ってくるというわけだ。


「……優衣菜さん……申し訳ありません。僕だって……僕だって本当はこんな卑劣な手段は使いたくなかったんです…………。しかし……しかしあなたの未来を考えれば!! ここは心を鬼にして、僕は汚行おこうに手を染めます!!」


 涙と鼻水をすすり、部屋の前にそそり立つ慎吾。

 その目は、言葉とは裏腹に完全にニヤけていた。

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