第17話 対策会議

 翌日――――学校での昼休み。


「それは、誰がどう聞いても貴様が悪い」


 昨日の出来事を報告された慎吾は、静かに激怒し、その怒りに歪んだ顔面を孝之に突きつけてきた。

 孝之は無表情に、その圧を受け止めていた。


「……お前、なにか勘違いしとらんか? 俺はホントに姉ちゃんを探してただけで……息が臭いな」

「…………それだけでどうやったら布団に潜り込んでパンツを物色することになるんだ!? え~~~~~~~~~~????」

「だからいま説明した通りだよ!! 不可抗力だ偶然だ!! 離れろってめんどくさい!!」

「優衣菜さんのパンツをまさぐった手はこの手か!! 移り香が残っているのはこの手か!! 味が染みてるのはこの手かぁ~~~~~~~~~~~~!!!! くんかくんかくんかくんかっ!!!!」

「そんなもん残っとらんわ!! 嗅ぐな!! 舐めるな、くわえ込むな!! アホか~~~~っ!!!!」


 ――――ガタガタゴトンッ!!

 机と椅子をひっくり返し、男同士でもつれ絡まる二人。

 クラスのみなは何事かと、遠巻きに彼らを見ていた。





「……で、結局……優衣菜さんはどうなったんだ……」


 幼馴染で同性の指をひとしきり舐め回し、落ち着きを取り戻した慎吾。

 息を整え、その後の姉弟のようすを尋ねてきた。

 唾液でベトベトにされた右手を、トイレ用洗剤で滅菌してきた孝之は深刻な顔をして状況を説明する。


「俺のスキャンダル(誤解)写真を手に入れた姉ちゃんは……『ばら撒かれたくなければ、言うことはなんでも聞きなさい』といままでの態度を一変させてきた……」

「……い、い、い、言うことを聞け、だと……はぁはぁ……」


 妙な想像をして鼻息を荒くする慎吾バカ

 そんな慎吾をスルーして、


「とりあえず、姉ちゃんが出してきた要求は――――」


 ① 生活態度に文句を言わない。

 ② 家事で失敗しても怒らない。

 ③ 買い物は全部孝之が行く。

 ④ 生活費はすべて姉に預ける。


「――――の四点。これを破れば、俺はたちまち学校とご近所から『姉の部屋にて禁断の性欲処理をする変態弟』の烙印を押されることになる……」

「そのくらいいいじゃないか? どうせ本当のことだろう」

「本当じゃねぇよ。話を蒸し返すな。本当じゃねぇよ。そのくらいでもねぇよ。俺の明るい青春は風前の灯だよ」


 両手で顔を押さえ、おびえる孝之。

 逆に慎吾はホッとしたようすで、


「つまりこれで貴様と優衣菜さんの形勢は逆転したということだな? 優衣菜さんには常に笑顔でいてもらいたい俺としては、万々歳な結果だ」

「……ばかやろう。お前……これがどんな意味をもっているかわかってんのか?」

「ん? はれて優衣菜さんが自由になれるってことだろ? 今後一切、貴様のような心無い弟の小言など聞くことなく、何不自由ない生活が送れるってことだろう? すばらしいことじゃないか」

「どこがだよ。お前……姉ちゃんがこのまま更生せずに、自堕落な生活を送り続けて……その先に何が待っているか……わかるか?」

「なにがって……そりゃあお前……」


 天井を見上げながら慎吾は考えてみる。と――――、

(自由な暮らし → 働かない → お金が無い → 出会いもない → 生活できない → 孝之と結婚)

 この結論に至り、メガネがピキッとひび割れた。


「うぉぉおおぉぉぉぃっだめじゃないかっ!???」

「気付いたか。……そのとおりだ。姉は外に出さないと最終的に俺が面倒を見なきゃならなくなる。だからいま更正させないとダメなんだ。……もうこのまま数年もしたら……マジで俺しか嫁の貰い手はいなくなる」

「そ、そ、そ、そんなことは断じて許さん!! だいたいもしそうなったとしても貴様じゃなく俺のところに来てくれればいいだろう?? 俺だったらいつでも大歓迎だぞ!? 炊事も洗濯も掃除もなにもしなくていい!! ずっと引きこもったままで全然構わない、嫁にさえなってくれれば!!」

「……いまのままじゃ無理な話だな」

「どおして!? 俺、働くよ? 小言も言わんよ? お金だって好きなだけ使わせるよ? 一生愛し続けるし、苦労もさせない!! だからお願いします、結婚してください!!」


 ――――ざわ。

 不格好だが、情熱的なプロポーズ。

 ただ……その相手が孝之なんだな、とクラスのみなは、さらに距離を開けた。


 なぜか差し出されている手をどけて、孝之は話を続ける。 


「真剣な気持ちはわかったが……しかし、引きこもりで社交性が壊滅しているいまの姉には、お前の姿などただのエイリアンにしか見えていないと思うぞ?」

「……ぐ、た、たしかに……先日の食卓ではかなり冷ややかな目を向けられていたが……。し、しかし地道に接していけばいずれ心を開いて……」

「無理だな。……だってあいつこの前、お前を締め出した後、玄関とお前が座った椅子に清めの塩まいてたからな……怪物どころか生き物としても見られてない可能性がある」

「あ……あんまりだぁ~~。あんまりだぁ~~~~」

「そんな姉ちゃんを振り向かせたかったら、まずはこの世捨て生活から脱却して真人間に戻ってもらわねばならない。……だろう?」

「……どうするんだ?」

「決まっているだろう。形成を逆転されたのなら、またひっくり返してやるだけだ」

 

 意味深く笑い、これから行う作戦を慎吾に伝えた。

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