第14話 どうしたらいいんだ!?

 自分の部屋と姉の部屋。

 このどちらかに優衣菜はいるはずだ。

 普通に考えれば『姉』は『姉』の部屋にいなければおかしいのだが、まさにその『おかしい』を具現化したような姉だ。どんな行動を取っていてもおかしくない。

 むしろまともな行動をしているわけはないのだ。


 ……となると……。


 孝之はつつつ……と視線を自分の部屋へ向ける。

 あの姉、いや――変態は十中八九、俺の部屋にいる。

 そう確信した。


 扉のセキュリティをチェックする。

 両親が旅立つ前に、あらかじめ改造しておいた自室の扉。

 優衣菜へんたい侵入防止のために取り付けた南京錠とダイヤル式ロックと指紋認証式オートロック。これらに開かれた形跡はない。

 蝶番の隙間に差し込んでおいた紙も落ちていないとなると、どうやら扉は開かれていないようだ。


 しかし、扉が開けられていないからといって侵入されていないということにはならない。

 孝之はいったん家を出ると、外から自分の部屋を見上げてみた。

 しっかりとカーテンが締められた窓。

 ここも開けられた形跡はなかった。

 従来の鍵もかかったままだし、跡付けした鍵も外から開けるのは不可能な構造だ。ガラスにも穴を開けられた形跡はない。


「……ってことは……本当に、俺の部屋にはいないのか……?」


 まだ疑いの晴れない孝之は、再び部屋の前に戻り全神経を集中させる。

 獣の発する物音、呼吸、電気信号――――気配をすべて逃さぬように。

 しばしの集中のあと、やはり孝之は確信する。


 バカはいる。

 すぐ近くに。


 どうしようもなく隠しきれない変態オーラがひしひしと感じてくるからだ。


 口惜しいのは、それでもこの二つの部屋の、どっちに潜んでいるか判別がつかないこと。

 自分の部屋なのだから、素直に開けて確認すればいいだろう?

 素人はそう考えるかもしれない。

 しかしもし本当に優衣菜が弟の部屋に侵入していたとして、そこでとても表現できないような変態的行為をしていたとしたら。


 それを見られた瞬間。

 姉は逆上してどんな行動に出るかわからない。

 考えられるのは。


 ① 真っ赤になって慌てふためき、言い訳を並べる。 → 可能性『小』

 ② 開き直って、何事もなかったように無言で立ち去る。    『中』

 ③ お嫁に行けないと逆ギレし、責任をせまる。        『大』


 この三つ。


 ③の可能性が極めて高いと思われる以上、迂闊に接触してしまうのは危険。

 理想を言うならば、優衣菜に気付かれることなく背後を取り、ふん縛ったうえでの受け身不可、問答無用バックドロップでケリをつけるのが理想なのだが……。


「………………」


 孝之は姉の部屋扉を無言で見つめた。

 そしてジト……っと嫌な汗をかいた。


 自分の部屋が開かれた形跡はいまのところない。

 しかし優衣菜は必ずオレの部屋に潜んでいる、と長年の勘が告げている。

 するとヤツはどうやって侵入したのか?


 扉と窓以外の侵入経路……。

 それは優衣菜の部屋にあった。


 隣同士の姉弟部屋は配線工事の都合、屋根裏で繋がっている。

 そこを這い進んでいけば……。

 その発想に至ったとき、孝之の背筋は寒さに震えた。


 ――――う……迂闊っ!!


 なぜこれに早く気が付かなかったのか!?

 完璧だと思っていた自分の防犯意識に穴があったことに気付き、青ざめた。


「――――くっ!!」


 孝之は早くこのことを確認するため、優衣菜の部屋のドアノブに手を触れる。

 しかしそこでまた、固まった。


 ……もしも、もしも優衣菜がどちらの部屋にもいなかったとしたら?


 すべては自分の勘違い、自意識過剰の空想だったとしたら?

 どこかまったく関係のない場所から、無実の姉がひょっこり現れて、そのとき俺が姉の部屋に入っていたら……?


 そう想像すると、恐ろしくて全身が震えた。


 ……どうする? どうする?

 このままへんたいの捜索を続けるか。

 それとも、すべてを黙認してここから立ち去るか……。


 しかし……孝之も思春期の男の子。

 部屋には、他人に知られたら余裕で首を吊れるほどの禁忌的アイテムが山盛り。

 もちろん離れるときは最悪の事態を想定し、それらはノートPCごと宝箱型の金庫に封印してある。

 しかし、時間を与えてしまったら……あの姉のことだ、鍵開けのスキルくらい独学で習得していてもおかしくない。


「ぬ……ぬぉぉおぉぉぉぉおおぉぉぉおぉっ!!!!」


 孝之は頭をかかえ、身をよじって悩んだ。

 姉を黒だと認定し、捜索を続行するか。

 それとも安全策をとり、出てきてくれるまでひたすら待つか。

 どちらにしても、己の尊厳を激しく傷つけかねないリスキーな判断。


「ふぅ~~~~~~~~」


 しばしの葛藤のあと、孝之は大きく深呼吸するとスッキリした顔で答えをだした。


「はい。黒でぇ~~~っす」


 どう考えても信じられるか。

 可能性で考えたら99:1だわ。

 孝之は躊躇ためらうのをやめ、扉に手をかけた。

 そしてゆっくり……音を立てないように、姉の部屋を開けた。

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