第12話 発射装置
「さあ召し上がれ♪」
グツグツと煮えたぎる鍋(?)を見下ろして孝之は目にあふれてくる涙を拭った。
食卓の隣には慎吾も同じように目をシバシバさせながら鼻をすすっている。
スーパーで無事(?)買い物を済ませた優衣菜を見送った後、二人は近くのバッティングセンターで時間を潰していた。
帰ったら待ち受けているだろう地獄メシを想定しての対策だった。
空腹は最高の調味料。
誰が言ったか知らないが、その知恵を拝借し、少しでも苦痛を和らげようとの作戦である。
バットを振ること、実に四時間。
すでに体力と腹の虫は限界を迎えている。
にもかかわらず。
出された料理を一向に美味しそうだと思わないのはいかなることか?
店で手に入れていた怪しげな食材。
それらを全てぶち込んで、ただ煮ただけのそれを、鍋というにはあまりに乱暴。
紫色のアクを泡立たせ、刺激臭が目を攻撃してくる。
まさに悪魔が作った地獄の釜だった。
「慎吾くんは……どうだろう? 食欲がなければ帰ってもいいのよ」
愛想笑いを張り付かせ、優衣菜が慎吾に冷たい視線を送る。
さすがにもう甲冑は脱いで死装束に着替えていた。
慎吾は孝之と優衣菜を監視するため一緒についてきた。
こんな下半身にばかり栄養が集まる食材を取り込んだ家に、若い男女を二人っきりになどしておけない。
血走った目で訪問を申し出る慎吾を孝之は拒まなかった。
むしろ一緒にいてほしかったからだ。
「どうせ食うなら二人より三人……わけまえは少ないほうがいい……」
とりあえず、まだ食えそうなアボカド(丸ごと・皮付き)から箸をつける。
「あ、孝之、それまだ煮えてないわ。こっちのお肉のほうがいいと思うの」
言って優衣菜は、何やら長い紐みたいなモノを孝之の小鉢に入れた。
カチャン、と器が鳴る。
どう見ても乾燥マムシだった。
「いや……姉ちゃん……これ、まだ煮えてないんだけど……」
「さ、ぐっといってぐっとっ!!」
まるで話を聞かず、とにかく一番効きそうなモノから食べさせようとしてくる優衣菜。
「い、いやちょ……ちょっとまって、だからこれまだ食えないって……」
まだ、とか言う問題でもないが。
押し付けてくるマムシを口を閉ざして拒絶していると。
「い、いただきますっ!!」
意を決し、先を追い越すように慎吾が鍋へ箸をつける。
(い、行く気か!?)
(当然だ。優衣菜さんの手料理を前にして
(しかしこれは人が食って良いものには思えん。最悪、死ぬぞ!?)
(本望だ、南無三っ!!)
孝之とのアイコンタクト。
慎吾が掴んだ食材は丸くてプリプリした、一見、鶏肉のようなものだった。
しかし孝之は知っている。
それが鹿の睾◯だと言うことを。
慎吾もわかっていた。
しかし食べないという選択肢がない以上、もはやどれがこようが関係ない。
(昨日の弁当おにぎりを乗り越えた俺に、もはや怖いものはない!!)
「でぇいやぁっ!!!!」
気合一閃!!
バクリ――――!! 一気に口へ入れた。
(いったーーーーーーーーっ!!)
鍋の中には童子蛋(玉子の小便煮込み)も入っている。
それと一緒に煮込まれた獣のキン◯マは、もはや便所の汚物と言っても過言ではない。それを躊躇わずに咀嚼する幼馴染を、孝之はある意味誇りに思った。
食卓のまわりには漢方薬臭をベースに、甘い香りとスパイスの香り、海の生臭さに獣と昆虫の香ばしさ、そしてアンモニアの匂いが渾然一体となって、ここは10年くらい放置された、どこぞの廃墟なのかと錯覚すら覚えるほどだ。
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ……ごくん。
無表情で飲み込んだ慎吾。
その行く末を、孝之と優衣菜は神妙な目で見守った。
すると――――ぴ~~~~よぴよぴよぴよぴよ。
妙な効果音とともに、慎吾の顔色が七色に変化する。
まるで散髪屋のぐるぐるのようだと見つめる二人。
と、
「――――はうあっ!!!!」
突然、椅子をふっ飛ばし、立ち上がった。
「な、なんだっ!??」
立ち上がりはしたが、慎吾の上半身はテーブルに突っ伏している。
つまりくの字になっている。
「……お……お前……まさか」
「言うなっ!! ――――来るなっ!!」
17歳の血湧き肉踊るお年頃。
そうでなくても時として制御不能になる愛棒に、こんな兵器とも言えるエナジーを注入したらどうなるか。
男の事情を直感で理解した孝之は、身に触れようとするが、それを全力で拒絶する慎吾。
「し、しかしお前……このままじゃ……」
「わ……わかってる、わかってるんだ!! 優衣菜さん見ないでください!! どうか……どうか煩悩に打ち勝てない汚らわしい僕を見ないでください!!」
ガタガタゴトン、と体を折りながらキッチンを転がりまわる慎吾。
優衣菜は察しがついているのかいないのか、きょとんとした顔でそんな慎吾を不思議そうに見ている。
「お……おい慎吾」
「や、止めろ!! く、くるな、俺にさわるな!! い、いまの俺なら、たとえ男にだって爆発してしまいそうだ!!」
「「そんなに!??」」
「ああ、だめだ……もう……服が擦れるだけでもう~~~~……ああ~~~~あははははははは(笑)」
やばい笑いをあげ、痙攣しはじめた慎吾。
いよいよ洒落にならない惨事が迫っていると感じた孝之は、思い切って慎吾の両足を掴むとそのまま全力で引きずり玄関まで走った。
「や、やめろ!! し、し、刺激を~~~~!! 刺激をあたえないで~~~~~~~~~~っ!! あうああうあうううあうあううあうあうあう~~~~!!!!」
「へい、孝之っ!!」
孝之の意図を汲み取った優衣菜が、素早く先回りして扉を開けると、
「ずおりゃぁぁぁぁぁぁいっ!!!!」
――――ずどがんっ!!!!
ジャイアントスイング一発!!
向かいの道路に
そして閉じて鍵をかける。
(許せ慎吾。見捨てたつもりじゃないんだ。……こうするしか……こうするしかなかったんだ)
深く深く。心の中で陳謝する。
キラリと光る涙。
外からは通りすがりだろうおばさんの、天を引き裂くような悲鳴が聞こえてきた。
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