第10話 さまようよろいがあらわれた②
ガチョン、ガチョン、ガチョン。
しばらくの沈黙を破って、先に動いたのは優衣菜だった。
コーホー、コーホーと不気味な呼吸音を発しながら一枚目の扉をくぐる。
募金箱を持った四十代くらいの、本来ならば人の良さそうなおじさんは、そんな怪しすぎる鎧を、ただただ固まってやり過ごそうとしている。
並んで立っている男女の子供も
優衣菜はおじさんの目の前まで歩むと足を止めた。
そしてギギギギギ……と金属を擦らせながら
「………………………………」
「………………………………」
無言で見つめ合う二人。
しばし異様な空気が流れる。
ひとしきり間を開けたあと優衣菜は一言、言葉を発した。
「死ね、クズが。 ……コーホー……」
そして――――ガチョン、ガチョン、ガチョン。
店内へと続く二枚目のドアに向かってまた、ぎこちなく歩を進めた。
「ちょ…………」
そんな無礼極まりない西洋鎧に向かって、おじさんは頬をプルプル震わせる。
怒りと動揺と尊厳が同時に暴れだし、プツプツと玉の汗になって吹き出してきた。
横を見ると子供たちが『言われたよ、いいの?』って顔で見上げている。
面目にかけて、ここを引き下がるわけにはいかない。
「ちょ……ちょっと待ちなさいキミ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
汗だくになりながらもおじさんは無礼千万鎧を引き止めた。
呼ばれた優衣菜はガションと止まってギシシシシ……と振り返る。
そして無言の圧でおじさんを睨みつけるように顎を引いた。
全身鎧姿なので兜も当然フルフェイス状態。
中身の顔はもちろん、目線すら見えずに、さらに声もこもって性別がよくわからない。
「ひ、ひ、ひ、人に向かって死ねとか!! い、い、い、いきなりなんだね!?」
あきらかな狂人。
そんな相手にまともな抗議を上げるなど、それこそ狂った行為だが、子供たちの手前、一言も言わずにやり過ごすなどできなかった。
そんなおじさんに優衣菜は、
「……コーホー。……白昼堂々、老人と主婦しかいない買い物客相手にカツアゲ行為を行っている迷惑団体に何を言おうと非難される覚えはないな。……コーホー」
そう返しながら盾の裏側に下げていた買い物トートバックの中をまさぐった。
「か、か、か、カツアゲ……!? し……失礼な!! 我々は地域の発展と助け合いの為に募金活動を行っているだけの健全な慈善団体ですよ!!」
「コーホー……一つしかない入口の中で待ち構えて通行料を巻き上げる行為のどこが慈善だと? コーホー……」
「つ、通行料っ!? い、いやこれは……ちゃんと店の許可を取って……」
「コーホー……。地域への協力という言葉を武器に、無理やり許可させているだけだろう……でなければこんなもの店にとって不利益でしかないわ。コーホー……」
そんなやり取りを聞いた子供たちは悲しそうな顔になり。
「ねえねえ、おじちゃん。僕たち迷惑なことしてたの?」
不安げに聞いてきた。
おじさんはブルンブルンと首を振って全力否定する。
「そんなことないよ、そんなことない!! このおかしな鎧が言いがかりをつけてきているだけだよ!! 大丈夫、すぐに追い払うから!! 気にしちゃダメだよ、僕たちは良いことをいているんだからね!!」
「……コーホー……。良いこと……ねぇ……。コーホー……」
優衣菜はバックの中から携帯を取りだすとタッチペンでコショコショ、とあるニュース記事を表示した。
その記事は10年くらい前のもので、見出しに『チャリティー団体〝太陽の微笑み〟募金を反社会組織へ横流しか?』と、書かれていた。
それを見たおじさんの顔が青くなる。
優衣菜は記事を読み上げる。
「コーホー……『太陽の微笑み』……不祥事はこれだけではなく、町・県会議員への賄賂や、集金スタッフの横領なんかも日常的に行われていたもよう……コーホー」
「い……いや、そ、そ、それは別の団体だろう!? ウチとは関係ないよ一緒にしないでくれ!!」
「コーホー……太陽の恵みを運営する代表幹部らは、他にも複数の団体を立ち上げており、それら団体の関与も同時に調査中である」
そして新たに表示したページ。
そこには太陽の恵み代表者が運営していたとみられている他の団体が、リストになってまとめられていた。
優衣菜はその画面をツツツとスライドさせていき、一つの名前でペンを止めた。
そこには『みんなの笑顔共同募金』と表示されている。
彼らが抱えている箱にも、同じ名前が書かれていた。
ガシャコンと兜で覆った顔面をおじさんに突きつける。
威圧的な圧をこめて。
「……コーホー……べつにさぁ、これであんたが悪人とは言わないよぉ……。ただねぇ……他にも不祥事起こしつつ臆面もなく慈善を名乗る団体って山ほどあるんだよねぇ。そもそも都会の駅とかにゃ無許可で集金する生活費稼ぎの外国人募金者なんてゴロゴロうろついてるしぃ~~。そんな中でよぉ『お気持ちをお願いします』の謳い文句ひとつだけで他人様から半強制的に金を吸い上げるのは暴力なんじゃないですかぁ? やるなら完璧に信用できる何か証拠や実績を提示するか、できなければ邪魔にならない隅っこで大人しく声上げてろよぉ~~コーホー……」
「ねえねえ……おーりょー? ってなあに?」
子供のうちの女の子が聞いてきた。
「コーホー……キミたちが頑張って集めたお金を、肥えた大人たちが酒や風俗代に使い込むことだよコーホー……」
「風俗って?」
「コーホー……それは帰ってからお父さんに聞いてみたらいいよ……コーホー…」
「?」
「まて、まて早まるな孝之!! ダメだ、出ていったらダメだ!!」
バックドロップを食らわそうと暴れる孝之を、慎吾が必死に羽交い締めにしていた。
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