第9話 さまようよろいがあらわれた①

 孝之と慎吾は自宅近くにあるスーパー『マルビツ』へとやってきた。

 今朝渡したチラシはこの店のもの。

 なので本当に出てくるのであれば、きっとここにやってくるはずだった。

 駐輪場の枠として設置されたトタン裏に潜みながら、二人はずっと入り口を監視していた。


 ……かれこれ一時間くらい経ったがまだ優衣菜が現れる気配はない。


「……なぁ……もう帰ろう」


 担任から携帯に鬼のメッセージが届いている。

『ワレなにさぼっとんじゃ殺すぞボケ』と書かれたメッセージは、とても教員とは思えないほどの知性の無さ。


 孝之は『腹痛が痛いので』

 慎吾は『頭痛が痛いので』

 と返信しておいたが100%信じられていないだろう。

 今日はもう学校に戻ることなくフテ寝して、全ての問題は明日の自分に任せたい。


「馬鹿野郎ここで帰ったら俺たち本当にただのサボりになるだろうが。なにが悲しゅうて男二人のランデブーで内申を下げにゃならん。俺はやるぞ、たとえ大学入試が茨の道になろうとも、優衣菜さんの道は俺が完璧にエスコートしてみせる」


 たかがお使いの見守りに、なにを熱く語っているのかこの男は……。

 あきれ缶コーヒーをすする孝之。


「ぶ~~~~~~~~っ!!」


 しかしそれをすぐに吐き出してしまった。


「おい止めろ、飛沫がかかる。一人ではしゃぐんじゃない」

「いた、いた」

「痛い? 何が痛いんだ?」

「違う、そうじゃなくて『いた』んだ!!」

「ん?」

「あっち、あそこ」


 目を手で覆いながら、もう片方の手で道向こうを指差す孝之。

 震える指の先にはガシャンガシャンと音を立てて歩く謎の甲冑騎士がいた。


「な……なんじゃあれは……」

 

 平和な街の昼下がり。

 絶対あるはずのない物体を見て、さすがの慎吾も冷汗を流す。

 店から出たばかりの買い物客も、それを見てビクッと跳ねると、また店へと戻っていく。

 ガッチョンガッチョンと道を削る甲冑は、関節がキツイのか、はたまた単に重いのか、カタツムリのように遅い歩みでぎこちなく進んでいる。


「……あれは……うちの義母ははがポーランドに行ったとき一目惚れして買ってきたマクシミリアン式フルプレートアーマーだ」

「は? マク……? あ、いやまぁ……いい趣味してるが……。……ん? てことはあの中身は……」

「ああ……姉ちゃんだろうな」


 剣は鞘に収め、両手で大きな盾を持っている。

 そこには大きく『三界無安さんがいむあん』との文字が、赤ペンキで書き殴られていた。





「……な、なんであんな格好をなさっているのだ……?」


 十分程かけてようやくスーパーの入口付近にまで近づいてきた優衣菜(?)は甲冑の隙間から湯気をゆらゆら上げて一息ついている。

 慎吾は、想い人の予想外なはっちゃけに動揺を隠せない。


「……外に出るのが怖かったんだろうな。半年以上、一歩も外出することのなかったアイツにとって、外の空気はもはや異界の辺境。毒の臭気に侵された樹海も同然なのだろう……」


 コーホーコーホーと音がする。

 小型の酸素ボンベも咥えているっぽい。

 変質者の枠を軽く超えた狂人の出現に、スーパー内外はざわつき、買い物客は次々と裏口から逃げ出していた。

 見かねた慎吾が優衣菜を迎えに出ていこうとするが、


「いや、まて」


 孝之がそれを制した。


「なぜだ!? 優衣菜さんあんなに怯えて可愛そうじゃないか、ここは俺が出ていって彼女を守りたい!!」


 恐怖を感じているのはどっちか、などどツッコミは置いて、


「それじゃ意味がない。忘れたか? これは単なるお使いじゃない。姉ちゃんが真人間に戻るための試練なんだよ」

「くっ……!!」

「あの姉ちゃんが半年の禁を解いて外出してくれたんだ。ここでお前が手を差し伸べたりしたら、それこそ姉ちゃんの覚悟に泥を塗ってしまうことになるぞ?」


 ここから自宅まで300メートルくらい。

 その距離を、女の体力で何十キロもある甲冑を着込みながら進んでくるのは相当に辛かったはずだ。

 ここでちょうど折り返し。

 ここまで来たのならば、最後まで歩みきってほしい。

 自分たちにできるのはそれを見守っていくことだけだ。


 孝之は早る友を説得し、再び身を隠す。

 決して身内バレして恥をかきたくなかったわけではない。





 息を整えた優衣菜が再び歩きだす。

 しかし店の自動ドアまで進むとピタリと動きを止めた。


「?」


 自動のガラス扉が開くが、優衣菜は中に入ろうとしない。

 なにかあるのかと、孝之たちはバレないように回り込み様子をうかがってみる。

 すると扉は風止めの二重構造になっていて、扉と扉の間には掲示板や傘置きなどが設置されたスペースがあった。


 そこに一人のおじさんと二人の子供が両手サイズの箱を持って立っていた。

 箱には『みんなの笑顔共同募金』と書かれていて、三人は異様な目つきで入ってきた甲冑を見、固まっていた。

 優衣菜もまた、固まって動かない。


「……まずいな」


 あちゃ~、と孝之は額を押さえた。

 姉はこの手の慈善団体が大っきらいなのである。

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