第8話 だいじょうぶだって

「やっぱりな……」


 鼻の両穴にギチギチティッシュを詰め直した孝之は、絶望に頭を抱えた。

 冷蔵庫に入っていたのは小さな手鍋。

 中身は余ったおにぎりの具を全部と、さらにブルーチーズとミルクを足したシチュー(?)だった。


「はい、じゃあ夕飯にしま~~~~す」


 優衣菜は意気揚々とそれをガスコンロにかける。

 しばらくしてクツクツと煮える音がしはじめた。

 同時に黒紫の煙がモワモワと立ち込め換気扇へと吸い込まれていく。

 さらにしばらくして、


 ちゃらら~~ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃらら~~~~ででーん。


 必殺仕◯人のテーマソングが聞こえてきた。

 孝之の携帯である。


「……もしもし……はいはい。……申し訳ありませんすぐに止めさせます、はいすぐに……」


 電話を切ると孝之は火にかかった鍋をコンロから下ろす。


「はれ? なにするの?? まだ温まってないよ? いまの電話なに?」


 はてなはてな??、と鍋を持って移動する孝之の背中を目で追う優衣菜。

 孝之は無言で居間のサッシに手をかけると、


「そいっ!!」


 中身を、思いっきりスタッフへとぶちまけた!!


「ちょっとっ!?」

 

 なにするの!? と目をむく優衣菜。

 だが孝之は構わず、その上にさらに土を盛り始めた。


「ひどいひどい、せっかくの作った夕飯なのに~~~~!!」

「その夕飯の匂いが殺人的だってご近所さんからクレームが入ったんだよ!! はいスミマセンスミマセン!!」


 隣の家、向かいの家、さらに斜め前の家。

 とにかく見える範囲全ての家の窓から、異様な目つきでこちらを見てくるご近所さんたち。

 孝之は優衣菜の頭を押さえて、無理やり謝らせ続けた。





「……ぐすん……せっかく美味しそうにできてたのに……あんまりだわ……。やっぱり世間の人たちって私に冷たいのね。……みんな死ねばいいのに……」


 カンカンカン……。

 どんよりとした目で食卓に藁人形を打ち付けている優衣菜。

 仕事っぷりを、ご近所ふくめて全否定された優衣菜は、すっかり落ち込んでやる気をなくしてしまった。

 ダラリとテーブルに突っ伏して無気力の権化と化している。


 孝之はカップラーメンを準備しながら、そんな姉の今後を考えていた。


 ……やっぱり、料理を任せるというのはキツイか?

 しかしこのまま放っておけば、姉はまたズルズルと引きこもってしまうだろう。

 よこしまな目的とはいえ、活発になってきた姉の勢いを、このまま鎮めたくはない。


「と、とりあえず極簡単な料理から始めてはどうかな……目玉焼きとか」


 いきなりハードルを上げるから失敗するのだ。

 もともと姉に、何も期待していない。

 “うまい”メシなどいらない。“食える”メシで充分なのだ。


「目玉焼き~~~~? ……そんなんで元気になるの? もっとこうほら……すっぽん的なさぁ……グッとくるやつじゃないと……孝之その気にならないじゃん……」


 人差し指でテーブルをクリクリ。

 スネた目で口を尖らす。


「うん、とりあえずその変態発想やめろ。そんな気持ちで作るからおかしなモノが出来上がるんだ」

「愛と変態は表裏一体っていうじゃない」

「誰も言ってねぇそんなこと」

「なんZiで」

「掲示板の格言は全て忘れろ、精神が発酵する」

「ところでさ、もう冷蔵庫が空っぽなんだけど……」


 言われて調べてみると、あるのは数個の卵と調味料だけ。

 棚に即席麺や小麦粉はあるが、生鮮食品がないとさすがにキツイ。

 孝之はポンと手を打つと意地悪な笑みを浮かべた。


「じゃあ明日買い出しに言ってもらおうかな?」

「はぁっ!? ……ま、まさか、お姉ちゃんが!?」


 外出と聞いて過剰に反応する優衣菜。

 目が怯えてしまっている。


「料理担当なんだ、当然だろう? 生活費はあずかっているから必要なぶんは後で渡す。チラシもあるし、たのんだぞ」

「で、で、で、でもお姉ちゃん……一年くらい外に出てないんだけど……?」

「それがなにか?」

「怖い」

「怖くない」

「溶けちゃうじゃん」

「溶けんわい」

「日に当たると灰に」

「ならない」

「野盗に」

「襲われない」

「無理無理無理無理無理無理無理無理!!」

「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫!!」


 真っ青になって拒否し続ける優衣菜。

 しかし孝之は聞く耳持たぬと強引に話を押し通した。




「……それでお前……嫌がる優衣菜さんに無理やり……そんな難題を押し付けたのか!?」


 次の日の昼休み。

 いつものごとく孝之と慎吾は顔を突き合わせていた。


 慎吾の顔はゲッソリとけていて、灰色の肌をしていた。

 昨日から下痢と血尿が止まらないらしい。

 断じて優衣菜のおにぎりのせいではない、と本人は言い張ってるが、世界が誇るゲテモノ(失礼)に優衣菜の狂った煩悩が混ざり合ったのだ、きっと現代科学では説明しきれない超化学反応を起こして毒物へと変化したに違いない。


「人聞きが悪いな。役割を全うさせているだけだ」

「長年自宅隠密をなさっていた優衣菜さんがいきなり外に出て野盗にでも襲われたらどうするんだ!?」

「だからお前も……まあいい。問題ない。……ああみえて、昔は普通に外でギャルやってたんだから。お前も知っているだろうが」


 今日の弁当は白飯とゆで卵だけ。

 朝食に目玉焼きを作らせたのだが、醤油瓶の中身を精力剤に変えられていたのでバックドロップをお見舞いしてやった。


 なので弁当は細工のしようがないゆで卵を自分で茹でて持ってきた。

 白米とまとめてアジ塩をかければこれでも充分ご馳走になる。


「だめだ、心配だ!! 俺は様子を見に行くぞ!!」


 慎吾はフラフラの体にムチを打って立ち上がった。


「はぁ?」

「お前も来るんだよ、さあさあさあ!!」

「やだよ、授業はどうするんだよ!?」

「優衣菜さんの身の安全のほうが大事に決まってるだろうがぁっ!!」


 慎吾は嫌がる孝之を引っ切り返し、その両足を脇に抱える。


「いくぞぉおぉぉぉおぉぉらぁぁぁああぁっぁぁっ!!!!」


 そして扉を破壊しつつ、弱った体もなんのその、貨物列車のごとく教室を走り出ていった。


「――――ちょっと待っお前!! え~~~~?? うわぁ~~もう、めんどくせぇよぉ~~~~~~~~~~っ!!!!」


 ゴリゴリと引きずられながら孝之は、けっきょく学校でも気が休まらないのかと頭をかかえた。

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