第7話 リーサルウエポン

「で、さっそく弁当を作ってもらったわけだが……」


 翌日――昼休みの教室。

 孝之と慎吾は、いつもの通り顔を突き合わせて向かい合っていた。

 それぞれの前には同じ型の弁当箱が置かれている。


 改めて料理大臣に再任命したバカ姉。

 今朝の朝食は豚バラ肉の赤ワイン煮込みとジャガイモのエクラゼ風だった。

 なぜにフランス料理かと尋ねると、どうやら朝食とお弁当を準備できるほどの早起きをする自信がなくて、じゃあ逆にずっと起きていればいいじゃん、と徹夜して準備していたら、なんだか凝ったものが出来上がってしまったかららしい。


「……いいじゃないか、朝からフランス料理。優雅でうらやましいぞ」

「風だ、ふう。……あいつにフランス料理なんて作れるわけないだろう。とにかく見た目だけでも美味くしようとあのバカ……色合いだけ画像に似せて作ったらしい。結果出来たのが『厚揚げのケチャップ醤油煮込み・チョコレートとジェリービーンズを散らして』だ」

「うまかったか」

「二口で庭に投げつけてきた」

「コンプラよ」

「大丈夫だ。ウチのスタッフ(ネズミ、モグラ、ミミズ等々)が美味しくいただいている。なんの問題もない」

「うむ」

「弁当はお前の分も作らせた。遠慮せずに食べてくれ」

「……優衣菜さんの手料理。本当ならば諸手を挙げて感涙にむせぶところだが……話を聞くにお前……これは俺への悪意と受け止めるが?」

「家庭の事情に首を突っ込んだんだ。お前も試練を受けるだいしょうをはらう義務がある」

「……いいだろう。俺の愛が本物だということ、完食することで証明してみせようじゃないか」





「ただいま」

「おかえりなさ~~いタ・カ・ユ・キ・!!」


 玄関扉を開けたとたん、抱きついてくる姉をひらりとかわし、無言で中に入る孝之。

 外に飛び出てしまった優衣菜は、陸に打ち上げられた魚のようにバタバタと跳ねると慌てて転がり戻ってくる。優衣菜にとって外の世界は魚類にとっての地上と同じ、生きていけない世界なのだ。


 幸いなのは昨日のような裸エプロンではなかったところ。

 でなければ夕暮れの住宅街に、家庭の安らぎをひっくり返す禁断のストリッパーが出現してしまうところだった。


「あ、あ、あっぷあっぷっ!! 死ぬ死ぬ!! お、お、お姉ちゃん死んじゃう!! あっぷあっぷ!! ふ~~~~~~~~……」


 なんとか玄関に転がり上がり扉を閉め、息を吹き返す優衣菜。

 はだけた死装束を正し、無情にリビングに消えていった孝之の後を追う。

 孝之はふらつく足取りでテレビ前のソファーへとたどり着くと、疲れたようすでクッションに崩れた。


「あれあれ~~? どうしたの孝之、なんか元気ないね~~学校で何かあったの?」

「……ああ……」


 孝之は、青ざめた顔で鞄から弁当箱を取り出すと優衣菜に渡した。

 受け取った優衣菜は「あれ?」っと不思議な顔をする。

 受け取った弁当箱は二つ。

 その片方が重かったのだ。

 手応えからしてほどんど食べていない気配。


 孝之の腹がぐ~~~~~~~~~~~~~~~っと長く鳴いた。

 優衣菜はジト目で孝之を見る。


「孝之まさか……お姉ちゃんの愛妻弁当……食べてないなんて言わないよね?」


 聞かれた孝之は殺気のこもった目で見返すと、重い方の弁当箱を奪い返し、


「そんな目で見るなら……お前これ、食ってみるか?」


 鼻をつまみながら蓋を開けた。

 途端に、むわぁ~~っと立ち込める臭気。

 鼻をつまんでいても、目に染み込んでくる。

 中にはおにぎりがギッシリと詰まっていた。


「……………………お前。……これ……なに入れた……?」

「え? ……べつに変なものなんて入れてないけど……?」


 キョトンとする優衣菜。

 そんな姉を押しのけて、孝之は台所のゴミ箱へと歩いていく。


 がさがさがさがさ…………。


 鼻にティッシュを詰め込んで、探し当てたのは『くさや』と書かれた開封済みのパック袋。さらに『鮒鮨』『ホンオフェ』と書かれたパックに『臭豆腐』『皇帝』とラベルが貼られた瓶。極めつけで『シュール・ストレンミング』の缶が発掘された。


「ヘンなモノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! お前、弁当になにゲロ発生装置仕込んどんじゃーーーーーーーーっ!! 蓋開けたとたん教室中大パニックで地獄絵図になったわーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 昼食時の穏やかな教室に。

 突如広がるう◯こ臭。

 それは窓を開けたぐらいでは決して消えることなく。

 逃げ惑う生徒たちに絡みついていった。

 臭気に襲われた生徒たちは、醜い男子はもちろん、可憐な女子までも吐瀉物を撒き散らし、中には失禁して気を失う者もいた。


「でもでもこれって体にとってもいいものなのよ!! 精もつくって聞いたからお姉ちゃん孝之のことを思って一生懸命作ったのに……そんな言い方あんまりだわ!!」

「鎮圧兵器仕込んどいて被害者ズラすんじゃねぇよ!! おかげで朝から何も食ってねぇよ!! 売店でパン買おうとしたけど、匂いで食う気も失せたよ!!」


「でも片方は完食してるけど……?」


慎吾バカは死んだよ!!『己が命など愛の前には夏の朝露のごとし』とかのたまって!! 涙とかヨダレとかゲロとか……あとなにかわからないもの垂れ流しながら夕日に消えていったよ!!」

「へんねぇ……べつに美味しいと思うんだけどなぁ……」


 パク、もぐもぐもぐ……。

 納得いかない顔で、孝之が残したおにぎりを食べてみせる優衣菜。

 とくにマズそうな素振りもなく、平気な顔をしている。

 長年の引きこもり生活。

 熟練された『ケンモメシ』に慣れてしまったせいで、舌に鈍重な味覚と、凶悪な抵抗力が備わっているようだ。

 ……だめだ。やっぱりこの姉に食を委ねてしまったら……更生より先に……こっちの命が亡くなってしまう……。


 冷蔵庫から黒紫色の霊気が漏れ出している。

 それを苦~~い顔で見つめながら、今夜もただではすまないと、孝之は鬼気迫る目で生唾を飲み込んだ。

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