第2話 愛してる(棒)
「……な……なんだこれは……」
出された玉子料理らしきモノを、嫌な顔で見下ろしながら孝之は聞いた。
「見ての通り玉子丼(?)よ。お姉ちゃん一生懸命作ったんだから、さあ召し上がれ」
ニコニコと臆面もない笑顔で醤油をトンと置く優衣菜。
「これにねぇ~~。お醤油をぐるぐるぐるって三回くらい回して~~よくかき混ぜて食べてねぇ~~」
時刻は日曜正午。
さっそく昼食を任せると、出てきたのは白米に炒り卵をのせただけのテキトー極まりない物体。
とても料理とも言えない
「玉子丼……これが……? なにかの冗談か、それとも単に嫌がらせか??」
優衣菜は引きこもってから昼夜逆転生活を送っていた。
夕方に目を覚まし、夜中に活動し、朝に寝るという生活。
親と顔を合わせたくないので部屋から出るのは二人が寝静まった夜中。
その間に風呂に入り食料を調達し部屋に戻る。
基本的に食事は三食ラップに包んで用意されて、それを保冷剤の入ったクーラーボックスで持ち出すのだが、共働きの両親は準備ができない日もたびたびある。
そんなときは各自のおのおのどうにかするのだが、優衣菜は夜中こっそり何かを自作していた。
「お姉ちゃん特製くノ一玉子どんぶり~~。早い・簡単・美味いの三拍子~~。忍びながら作るのはやっぱりこれよね~~」
親の気配がするとき、優衣菜の自室外活動時間は約10分。
その間に補給の全てを完了しなければならないのだ、自然と料理にあてる時間が削られていったのだろう。この料理に要した時間はおよそ30秒だった。
「……こんなものが食えるか……」
ほとんど犬のエサレベルのケンモメシに青ざめる孝之。
まさか姉のひとり飯がこんなにもわびしい物だったのかと思うと同情で涙すら出てくる。
これから食事を含めて家事全般は、時間が有り余っているだろう姉にまかせてしまおうと考えていた孝之の計画が早くも第一段階で傾きはじめた。
「は~~い孝之、あ~~~~ん」
「や、やめろやめろ!!」
食べようとしない孝之。
そんな弟に優衣菜はベタベタとまとわりつき、無理やり食べさせようとする。
優衣菜は親は大嫌いだが、弟は大好きだった。
親との決別引きこもり生活を続ける中、なんだかんだ面倒を見てくれていたのは孝之だったからだ。病気のときや、どうしても昼間、部屋の外に用事があるとき、頼めばいつもなんとかしてくれた。
そんな優しい弟に、やがて特別な感情を抱いてしまうのは姉としてとても自然なことだろうと思う(?)
「どうして~~? お姉ちゃんの『愛』がたぁぁぁっぷり詰まった愛妻料理なのよ。あ、それとも口移しがよかったかしら? んもう、おませさんね、もぐもぐもぐもぐはいゔぁ~~~~~~~~ん」
「マジでぶっ殺す!! 離れろクソ変態女っ!!!!」
『両親が再婚で、血縁関係の無い姉弟は結婚できます』
水戸黄門の印籠か?
ひかえおろうとでも言いたげに、携帯の画面を突きつけてくるバカな姉。
孝之はそれを奪い取るとゴミ箱へ剛速球。
――――どががんっ!!!!
「ひどい!! なにするの~~!?」
優衣菜の言う通り、自分たちに血縁関係は無かった。
それぞれが親の連れ子だったからだ。
だから実質他人で法律上結婚も可能なのだが……そういう問題じゃない。
10年も前から姉弟として一緒に生活してきた。
最初の頃こそ変に意識もしたものだが、次第に本当の姉弟のように慣れてしまい、いまさら姉以外の目で優衣菜を見ることなど到底できない。
気持ち悪い。
と言っても言い過ぎじゃないくらいに。
法律うんぬんじゃなく精神衛生の問題なのだ。
孝之は真面目な顔をして優衣菜に指を突きつける。
「……いいか姉ちゃん。今日からこの家は俺と姉ちゃんの二人きりになる。いままではそんな絡みも冗談で済ませてきたけど、これからはマジでやめてくれ。……シャレにならないから!!」
「なによう~~テレなくてもいいのに~~~~」
「テレてない。本気で気持ち悪いだけだ!! 親がいないとなおさら背徳感が増して拒絶反応とともにゲロもこみ上げてくるんだ!!」
「愛情の裏返しね」
「表も裏も嫌悪しかねぇんだよ!!」
「でもお姉ちゃんってさ~~。ほら、人間不信じゃない? 働くこともできないし……だから誰かに養ってもらうしかなくって~~。そうなるともう相手は孝之しかいないのよ~~~~」
「消去法で近親相姦の道を選ぶな!!」
「だから近親じゃないし~~」
「精神的に近親なんだよ!!」
「子供はいいのよ作らなくても~~。お金だけ。お金だけお世話してくれたらお姉ちゃん大人しく生きていくから~~。ね、ほら、ここにハンコ押してハンコ~~」
勝手に記入した婚姻届をどこからともなく取りだす優衣菜。
おしゃれなハート型デザインでダウンロードされたその紙切れを引き裂きながら、
「押・す・か・よ!! 死ねこの変態女ジゴロが!!」
マジで殺気を込めて睨みつける孝之。
しかし優衣菜はのれんに腕押し、まるで怯えたようすなく、
「どんなに嫌われてもお姉ちゃん孝之から一生離れないから~~。彼女ができても~~お嫁さんができても~~後ろにべったり張り付いて~~全部破局にしてみせるから~~。だってお姉ちゃんは世界一孝之のことを『必要』としてる女なのよ~~~~~~~~ららららら~~~~♪」
正面切ってストーカー宣言する姉。
そんなモンスターの後ろに回り込む孝之。
そして優しく腰に手を回し、脇の下にそっと頭を潜り込ませた。
「え? た、孝之?」
突然の密着にポッと頬を染める優衣菜。
孝之はそのままバカ姉を担ぎ上げ――――
「どっせい!!」
――――めきゃっ!!
垂直落下式のバックドロップを叩きつけた。
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