第24話 遺言

 以下は、遺言として記す。

 そう脳核チップに刻んだ。

 文書には残せないものだ。

 おれの命が喪失してから初めて摘出されるチップで、生ある限りは誰にも閲覧できない脳幹に埋め込まれている。情報を管理するだけでなく、近隣の防犯カメラ画像も常に同期されている。

 狙撃を受けておれが横死したとしても、組織は淡々と動く。脳核のチップから周辺状況を把握する。そして犯人の特定とその抹殺を含む情報隠蔽のため、冷静に策が練られていくのだ。遺族が受け取るのは脳のない遺骸だ。

 文書は脳内で思考したものが、そのまま記録されているらしい。

 嘘などはつけない。

 行動に疑義があると、脳核を奪うような組織だ。死人に口無し、とはいうが脳の方が雄弁に語るのだ。その恐怖から、叛意など簡単には持てない。

 この部屋はセーフハウスなので、要塞とも言える電子防壁に包まれている。

 おれの網膜と左掌の生体静脈流が合致しないと専用タブレットは開くことはできない。例え死体から眼球を摘出しても、静脈流がなければ開かない。

 さらに脅迫を受けた場合も、静脈流の異常を感知して開かない。

 WiFi環境下にこのタブレットに接近でもすれば、全てのPCはウィルスが撃ちこまれる。HDDが破壊されるまで、円周率に類する超越数を計算し続けることになる。

 だからタブレットが起動すると、安全対策で脳核チップは停止される。

 ほっと息をつくことができるのは、こういう瞬間だ。もし脳核チップが動いていればウィルス感染して、担当官が廃人になる可能性があるからだ。

 これで自由な思考ができる。

 組織はθ《シータ》と呼ばれていた。担当官の多くは大蔵省からの、未婚で係累が少ない落ちこぼれの職員だ。

 いずれは恨まれる職種になる。

 あの欧州から始まった大戦後に、世界は変わった。

 一時は持て囃された電子通貨が、いかに脆弱かを知った。

 それで世界は金本位制に水面下で移行している。それは「金」という意味ではなく、金属そのものを指す。鉄、銅、ばかりかあらゆる希少金属元素をも政府は溜め込んでいる。

 これは酸性・アルカリ性にも強く硬度もあるので、セラミックと化合させて包丁やナイフを作っている。また中性子線を吸収しにくいので、原子炉内の燃料棒の被膜に利用される。各国が奪い合う金属だ。

 例えばルビジウムのような、kg単価3200万円という遷移金属さえある。

 こうした金属を収集するための施策が、政府にはあった。

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