第22話 迷宮の路地で

 悪寒を唇を噛んで耐えた。

 腕は絡ませて組んでいる。

 でもレースの布一枚で隔たれている。

 か細くもそれが頼りになる境界線だ。

 バッグには先日からのスマホがある。

 普通に通話もネットの検索もできる。

 だが機密メモリには鍵が仕込まれた。

 タブレットと同期していたので、こちらにもSRAMにウィルスが打ち込まれていると思う。

 こんなハックウィルスを稼働できるということは、それは神崎の職務領域だと思う。ワインセラーでの彼の動画メモリは見えない。ばかりかファイルを開いた途端に、無限に円周率を計算し続ける強殖プログラムが作動し始める。

 このスマホからボクの行動はつつ抜けの筈だ。しかしそれに気がつかない風を装って、こちらは自分の手駒を増やさないといけない。

 記憶にはあの映像は残っている。

 けれども証拠には希薄にすぎる。

 むしろ職務上のデータが破損したことが大きい。

 ボクは離婚会社の調査員、それは信頼に基づく。


 生臭い路地裏を腕を預けて歩く。

 それだけだと他愛もないことよ。

 その相手が男だというのが問題だった。

 自分の中に女が埋められていると気がついたのは、高校生に上がるかどうかという年頃だったと思う。

 隣のクラスの女子から告白された。

 部活帰りに寄った喫茶店だと思う。

 それまでは仲の良い友達だったが。

 告白されてもときめく感情もない。

 若者の恋は階段を駆け上がってく。

「私の秘密を見せてあげるね」と初めて、生身の胸を見た。

 それに触れてその柔らかさを知り、口に含んで固くなるのを知った。

 無性に悔しくなったのはその瞬間だった。

 なぜ自分にはこれがないのか、いや平坦なのはあるのだけど。

 男性のそれは、不完全で歪な形に思えた。

 さらに肉体を交わして、いかに自分の想いとの落差があるのを感じた。

 そして。

 意中の人間がその娘ではなく、同級生の男子だったと気がついた。しかも何年も側にいた幼馴染だった。

 若者の現実は壁に叩きつけられる。

 そう。

 それから肉体の改造が始まった。

 胸の手術は3回も手間をかけて、その曲線にこだわった。乳暈の色も薄くしたが、乳首だけは赤く命の灯のように尖らせた。

 なのに。

 その幼馴染のほかは意中にない。


 佐伯というその標的の手に力がこもった。

 それで路地を左折するのだとわかる。乱暴なエスコートだけど、手慣れていると思った。この男の不倫事実さえデータが恢復すればいいのに。

 現実は今も壁でひしゃげている。

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