第18話 逃げ足
制御不能に陥った。
溜め息が忍びない。
全方位で失敗した。
けれど。
石を投げれば波紋が起きる。その波紋を読めば、表面では窺えなかた暗礁が浮かび上がってくる。それには役立ったかもしれない。
寧々がおバカだとは思ってはいたけど。
まさか突入するなんてね。
そもそもがこの店を神崎に紹介したのは自身の罪だとは思う。そして奥の小部屋も。しかも寧々は上手にその部屋にふたりを追い込んでくれた。
そこまでは評価できるし、想定以上に望月という女の手練手管を見た。彼女の離婚保険は減額査定も可能かもしれない。その画像データは入手できたが、神崎へのスタンガンでの電撃は寧々の過剰防衛だとも思った。
さあ。
お開きにしよう。
ボクはPC画面の録画を確認してしてから。
非常時の暗号コードを入力した。
その店全体の照明が消えて、サイレンが鳴る。
軽く悲鳴が湧いた。
「火事?」と女の高い声がする。
火災を告げる音声が流れ始める。そして非常口のランプのみが煌々と点灯している。店のお客は席を立ち、動揺の声をあげるがバーテンの声に従って非常口から退店していく。
「ご安心ください。安全な避難経路を確保しております」と慇懃に捌いている。手慣れたものだと思った。
こうした緊急時の営業事故の補填も、火災保険など諸費用も離婚保険会社が賄っている。なぜ店側も盗撮行為を許諾するかというと、五分五分以上のメリットがあるわけよ。
寧々は裸足で所在なさげに立っていた。
両手に黒革のピンヒールを摘んでいる。
「どうしたの」と声を震わせて驚く芝居をした。
「なんかぁ火事らしいんだけど、焦げ臭くもなかったし、悪ガキの悪戯かもしんない」
「大丈夫だった。怪我とかはしてないの」
「そんなことよっかさぁあ、あの男は止めときなよ。女を連れ込んでたわ。しかもタチの悪いの。いいおっぱいしていたけどね。それが自慢なんしょ」
はっと息を呑む仕草。慄く声、全てが計算と打算で演じてみせた。大丈夫、愛情を持つ相手の嘘を、女は見破っていても信じてくれる。
「あの人が⁉︎」
「そぅうよぉ。とりまここから離れましょ」
遠くに響いていた消防サイレンが実体を持って接近してくる。ここは業務上の不利益だ。ハンドバッグを肩にかけて逃げ出すことにした。
寧々は笑い声を上げている。
状況に興奮しているようだ。
長い夜になりそうだな、と思った。
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