第11話 wine bar

 逡巡は顔色に出る。

 女なら見逃さない。

 睫毛さえ雄弁に感情を伝える。

 お返事は出来るのかしら、と。

 苦笑の影に潜んだ感情の揺らぎに、慈愛の籠った笑みで包んだ。 

「そうだったね。今日はこの書簡を整理したら上がりだ。そうだな、佳いワインを揃えたバーを知っている。予約を入れておこうか」

「ありがとうございます」

 お辞儀ではない。小首を傾けてお礼をする。法人様へのビジネスライクな応対から、香水の漂う仕草に一枚脱ぎ捨ててみせるの。

 さあ、また一段進めたわ。


 そのバーは恵比寿にあった。

 自動運転のエレックカーに、スマホから位置情報を送って彼が誘ってくれた。都内ではタクシーは、もうこれに塗り替えられている。

「いい店でね。もう10年は通っている。利用しているのも皆、趣味人でね」と神崎氏は饒舌に語っている。

 自分に近しい存在だと紹介していながら、彼は自分のことを語らない。それでも不躾にわたしに詰問はしてこない。


 ワイン樽の内部のような木造りの内装。

 床材にヒールが当たると思っていたら、ワインコルクが縦にびっしりと敷き詰められている。この店で開けてきた歴史だろうか。

 そしてメニューも無機質なタブレットなどを用いず、バーカウンターのそばにチョークで大書されている。開封された、旬の酒を旬のコンディションで振舞うためだろう。

「アテンドをしていて、神崎さまだけですよ。書簡が届く方って」

「時代だろうね。おれの場合は仕事柄で紙ベースじゃないと、上が対応してくれなくてね」

 注文は彼に任せてその横顔を眺めていると、中ぶりのグラスにローズワインが運ばれてくる。素人で、付け焼き刃のようなテイスティングなんて、するわけないわ。


 へえ。

 それほどの守秘義務のあるお仕事。

 通知先をみれば、省関連のお仕事。

 もう一口を含んで、ちょっと興味を見せる。

 それに封筒だからこそ、付箋だって貼れた。

「でも封筒だからぺたんと貼れたの。手で文字を書くのも新鮮だったわ」と肩を竦めてみせて、彼の腕を巻きとった。右側に体重を預けて、胸を腕にあたるようにする。

「祖母が昭和生まれなので、花道とか書道とか道のつくものは習わせなさいと言って聞かなかったの」

 さりげなく育ちの良さを見せていく。

 

 ねえ。

 貴方には、彼女はいるの?

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