第6話 依頼人

 髪はショートに手入れされている。

 そのひとを見つめる目に、羨望の色が混じらないかをびくびくした。内側に緩く巻いてある。化粧も薄いし、中性的な魅力もある。

 しかし紛れもなく女性の依頼者だと思う。

 ボクのような造り者ではない。

 胸も造り、陰茎は落として造膣して、根元を隠すためにヘアは濃い目にしている。温泉で一緒に入っても見破られはしない。

 ばかりか、女性同士の行為であっても気づかれることもまずないので、対象者の調査をソレ込みで請け負っている。

 しかし女性に対しては、根元的な僻みがある。

 黒髪を蓄えておかないと不安でしょうがない。

 爪の手入れや肌の保湿は朝の起点になってる。

 それでもボクは行為で濡れることはなく、また出産も出来ない。さらにタチが悪いのは、肌に拒絶の悪寒が走り、男性に身体を開くことが出来ないので、対象は女性に限られる。

 本能が避けているのかもしれない。

 男女の境界線に棲むものの痛みだ。


 カヌレが並んでいる。

 彼女は自分のスマホに転送されたデータを読み、ふうんと吐息をもらした。重たげな睫毛を瞬かせ、唇を湿らせてその瞳でボクの顔を眺め、視線を下げて胸に向けたまま、それとなくカヌレをフォークで削った。

「何かございましたか、望月さま」と声をかけた。

 それは彼女の旧姓であり、対象者は佐伯という彼女の元夫であった人物だ。

 この問いかけにも無言でただ瞳を伏せていた。

 それからかぶりを振りながら、ぱくりとケーキの一片を口にした。

「いいえ。貴女、りょうさんとおっしゃっていたわね」

 再びカヌレが刻まれる。そして「貴女は・・旦那いえ元旦那が惚れそうなタイプだわ」と言って微笑んできた。

 いえ、と身を固くすると「その反応よ、きっとあのヒトは入れ込みそうね。可愛い」と声に出して笑い、またカヌレが刻まれる。

 男性自身が切り裂かれる光景にも、見えた。

 

 同じレポは会社にも上げていた。

 スマホに添付された指示書が届いた。

 それを満員電車の東横線の車内で読んでいた。

 ぴくりと肌が泡立って舌が硬直するのが分かる。お尻の辺りの違和感が明らかな意思をもって、指先らしきものが股間に入ろうとしていた。

 背後に立っている背の低い、陰惨な中年男だと思った。

 意識を向けるとさらに積極的に動いた。

 怯えて声をあげたりはしないで、ピンヒールで狙いをつけて、踏みつけてやった。

 教えてあげる。

 毒針を持つこの身体のことを。



 

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