第4話 PONTOON

 朝は階下でホテルの朝食を摂った。

 プレートに色とりどりの食材を並べて愉しんで、最後にフルーツと珈琲を嗜んだ。珈琲はボクの生活には欠かせない。

「こんなとこに泊まるのって、気分いいわよね」

 とその子は嬉しそうにいった。

「あ。ここもボクの持ちだからね」と添えた。

「また出た!ボクっ娘だね〜」

 ラブホテルでは経費にはならない。ある程度のランクのホテルを利用しないと、守秘義務が担保されない。

 それにこの好待遇が望みで寧々という名の、その調査対象者がついてくるのは、知ってた。


 時間差でチェックアウトした。

 並んでいる瞬間を隠すためだ。

 ボクは定時連絡のMessageを会社に入れた。帰宅してレポートを書かなくてはならない。また一人称を失態したことは、もちろん書かない。その対象者にはボクっ娘という言い分が通っているからだ。

 それにしても忙しくなった。

 今週はもう4件も依頼をこなしている。

 離婚保険が社会通念になると、ボクへの依頼が急増するわけだ。まさかこんな職業が成立するとは、以前は思わなかった。

 

 LINEの通知音が鳴った。

 係留されたヨットの帆柱が並んでいる。

 畳んでいても海風を受けて揺れている。

 それを二階からテラス席で眺めている。

 神崎からは時間に遅れそうというMessageが残っていた。

 それはそれでいい。

「・・ごめん、遅くなった」

 彼は額に汗を浮かべてそのビストロに入り、迷いもなくボクを認めてテラス席に座った。声を掛けられたのは先月のその場所だった。ここはプライベートでよく利用していた。

「いいわ。私を待たせる男って、貴方くらいよ、こんな絶好の場所で」

「何か頼んだ?」

「貴方が何を頼むかで、私の機嫌は動くと思うわ」と微笑んだが、もう注文を進めていたらしい。琥珀色のグラスが運ばれてきた。

 まだ彼はボクと身体を重ねていない。

 最初は仕事柄の因縁ではないかと疑った。脳内のファイルの顔を総動員しても対象者ではない。

 ああ、これが女冥利というものかと思った。

 だがその瞬間がくるのはやはり怯えがある。

 ボクの身魂にある男性の根が拒否している。

 この胸はシリコンで作り、陰茎は処置して造膣までしている完全体ではある。けれど刺激によって濡れたりはしない。女としては根本的に不完全なのだ。

 まず出産は望めない肉体だし、遺伝子を残せない身体が。

 生物的には不都合な存在だと思う。

 男女の境界線に蠢く蝙蝠がボクだ。

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