第3話 アネラスとの出会い、新しい人生は子犬から

                ※3

 (———どこだここ?)明るい太陽に照らされる昼間、どこかにワープさせられた俺は強い風を感じながら状況把握に努める事にした。

 少なくともここは地上ではない、俺の四本足は地面に着いていないのである。

 空が広くて気持ちがいい、ヒューーーーーーと落ちて行くこの感覚、風が強いのはこの所為で眼下にある要塞都市らしい景色は綺麗だなぁと思う。(———なにを呑気に楽しんでいるんだ俺は)

「ワンワンキャンキャン」(神は俺を殺す気かーーーーー)

 (地上何百m、いや何千mだここ?)高々度からパラシューをつけずに、俺はフリーダイビングをさせられている!!!

「ワンワンワンーーーーン」(ふざけるな! 訴えてやるーーーー)

 轟々と前から吹き付ける風に耐えつつ俺は、助かる方法は無いかと辺りを見回しつつ救助を求めて吠え続けた。

「キャンキャンキャイン」(死ぬーー、誰か助けてくれーーー)

 子犬の体でジタバタ足掻いてみるも効果無し。(こう言う時はどうすればいい? ああそうだ……)どこかで聞きかじった情報を元に俺は、落下速度を少しでも抑えようと手足を広げて凧のような形になった。

 (このまま死んだら化けて呪ってやるからなーーーーーーー)と、目に涙を浮かべて騒ぎながら俺は空から地上へどんどん落ちて行く。

 〔うるさいワンコロだな〕

 〔そんなに心配せずとも死にはせぬ〕

 〔これは転生の儀式なのです〕

「ワンワワンワン!」(ふざけてないで早く助けろ!)

 どこかから聞こえてくる神達の声、「ワンワンワン……」(これのどこが転生の儀式なんだ! 助けてくれーーーーーーーー)と俺は訴えるのだが、神達は何もしてくれずのんびりした様子で説明を続けていった。

 〔転生した人はまずパートナーを見つけなければなりません、勇者派遣システムは2人1組で戦うように設計されているのです。〕

 〔高い所から適当に落っことして最初に触った相手と強制的に組むんだぜ、1度組んだ相手はパートナーを解消できねぇからな。〕

 〔相手がどうしても嫌な場合は別れさせて欲しいと、神殿で神に願えばよいがパートナーと別れるのはとても大変な作業なのじゃ。〕

「ワンワンワワンワン」(強制なんか嫌だ好きな相手と組ませろよ!)

 〔いいですかただの子犬……〕

 この世界は全てにおいて、【絶対平等・公正かつ中立でなければならない】。種族がランダムなのもパートナー選びが斬新なのも、後から文句を言われたり、賄賂だの不公平だのと抗議されるのを防ぐために必要な措置なのだ。

「ワンワンワワーーーン」(こんなの嫌だぁ俺を元の世界に戻せーーーー)

 〔貴方は元の世界で死んだ人間だから無理ですよ〕

 〔どこに落ちて誰と組むのかなぁ、相手が肉屋でない事を祈っててやるよ〕

「キャイーーーーーン」

 (うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー)、死にたくない死にたくないこんな死に方は嫌だと目から一杯涙を流しつつ、俺は覚悟を決めさせられる。落下速度を弱めるために広げている4本脚が何だか痛くなってきた。

 どんどんどんどん高度が下がって地面が段々近付いてくる、どうにかならないかと辺りを探していたら俺は眼下にあるものを発見した。

 屋根の上に1人の美少女が立っていて、(これしかない!)と俺は確信する。

「ワンワワンワーーーン」(同じ組むなら可愛い女の子ーーーーーー)

 目標をロックオンしたら凧型にした子犬の4本足を縮めてミサイル体勢へ、彼女がなぜ屋根の上にいるのか知らないが目標めがけて俺は突撃開始。


「降りてこいアネラス!」

 【ハンターランド】にある、【アイアンフラワー国】の【首都ホワイトスティグマ】この要塞都市の北西にある通りで、1人の男が上を見ながら大声をあげている。

「いつもいつも盗みやがって今日という今日は勘弁ならないぞ!」

 ここは小売店や露店に新鮮な食材や並んだ【都市の台所になる第1商店街】、叫んでいるのは中年男性で剣を振り上げながらカンカンに怒っていた。

「へっへーーんだ、捕まえられるものなら捕まえてみなさい」

 首都の建物はその殆どが戦闘に備えた分厚いコンクリート製で、愛想のない堅物な重戦士の雰囲気を漂わせている。屋根に砲台や機関砲を設置した家も少なくなく、3階建てになった店の屋根に騒いでいる少女が立っていた。

 《幼くして親に捨てられ生きる為に磨いてきた泥棒の腕、【ゲア・アネラス】はこの都市て少しは名の知れられた17歳の少女だ。使い古した深緑色のフード付きローブを頭から被ってマスクをし、黒のレオタード上に皮の軽鎧セットを着て、腰の両側には2本のチンクエディアを差している。》

「これを返して欲しいんでしょ、私から取ってみなさいよーーーー」

 屋根の端で下にいる男へ見せつけるように、アネラスが振っている革袋にはリンゴやハムにパンなど約3日分のご飯が詰まっていた。

「この盗人がーーーーー」

 接客をしている店主の横で1つ2つと、お気に入りのリンゴやオレンジなんかを手早く皮袋に詰めた少女は、店主に見つかるといつも通りに逃走開始。

「今日と言う今日は容赦しないからな!」

 盗まれた事に気付いた店主は剣を抜いて追い掛けるも、猫のように身軽で素早い相手には追いつけない。少女は人混みを駆け抜けると、登り易そうな所を探して露天の屋根からベランダへ、ベランダから屋根の上にと連続ジャンプで登ってしまった。

 こうなってはもうどうにもならず、店主は怒って叫んだり石を投げたりするが、アネラスは笑いながら余裕に構えている。お腹が空いたり金に困るとよくこうやって盗みに来る少女は、商店街の店主達にとって悩みの種になっているのだ。

「降りてこい泥棒猫!」

 何ごとだと店主の側へ人が集まりだして、近くに落ちている石を拾った店主は相手へ投げつけるも避けられる。

「何度やっても当たらないって!」

 怒っている店主を少女はからかうのだが、ザワザワと騒ぎ出した客達の後ろから走って来る兵士達を見てここまでにする。銀色のハーフメイルを着た兵士達はライフルを持っていて、あれには敵わないとアネラスは屋根伝いに走って逃げる事にした。


 (あっ)「ワンワンワン」(逃げないでくれーーーーーーー)

「ワンワンキューンキューン」(頼むから俺を受け止めてくれーーーーーーーー)

 俺が目標にしている少女が元居た所から隣の三角屋根にジャンプして移動する。彼女に逃げられるとミサイル体勢で突撃している俺は、家の屋根に激突して死ぬので注意を引こうと必死に吠えまくった。

「ワンワンワーーーン」(頼むから気付いてくれーーーーー)

 屋根まで後数百m、数秒後に俺の異世界人生が決まるのだ、ジタバタして機動を幾らか変えはしたものの動かれたら確実に目標から外れてしまう。生か死か可能ならば生を選びたい【もっと言えば俺は美少女と冒険がしたいんだ!】

「ワンワンワンワンワンワンワンワン……」

「煩いわねぇ何なのよいったい」(おっ気付いてくれたぞ!)

「キューンキューーン」(そのまま動かないで下さいーーーーーー)

 足を止めた彼女は下に顔を向けながら辺りを見回した。犬の声だから屋根とか地面に居るんだろうどこから声が? と探している見たいだが俺はそこにはいない。

「ワォーーーーーーーーン」

「上? なによこれ!」

 空から柴犬の子供が高速で降ってくる! 俺と目が合った彼女はこの異常な光景に文字通り目を開いて驚くと、何かしようと動き掛けるも動くより前に、俺は彼女の寂しそうな上半身の下にあるお腹へ激突してしまうのだった。

「グフッ」と彼女が呻いたらバランスが崩れて屋根からゴロゴロと下りだし、それに巻き込まれた俺も転げ落ちて行く。落ちた所には露天のシート屋根があって突き抜けた下にはウリ系の野菜が沢山並べられていた。

 グシャグシャっと潰してしまった縞模様の丸い玉、赤い汁塗れになりながらも俺は奇跡的に無傷だった。頭が少しクラクラするけどどうにか立った俺は、(ぶつかった相手はどうなったのかな?)と全身をブルブル振って汁を飛ばしてから探し始める。

 (……見事に伸びているが、可愛い子だぞ俺の目に狂いはなかった!)

 《地面に寝ていた彼女へ近付いてフードの中を覗くと、褐色肌で目鼻の整った凛々しい顔つきがそこにある。(赤髪に猫耳と尻尾ーーーー)と憧れの猫耳娘に、異世界転生で出会えた事に俺は興奮を隠しきれない。》

 俺は子犬なので、言えるのはワン・ウー・クーン・キューン・キャンだけ。気が付いて欲しいなぁと思った俺は地面に寝ている少女の顔を……

「クーーン、クーーン」(大の男がなんて恥ずかしい)

「邪魔だどけ犬!」

 (早く起きてくれよ)と彼女の顔を舐め続けていたら、後ろから怒鳴られたので俺は相手がいる方に振り返った。そして「キャン!」と驚いた俺は、毛を逆立てると「ウーーーーーーーー」と相手を睨み上げていく。

 (あーーーービックリした。相手が大きいので思わず吠えてしまったが、俺が小さくなっただけなんだよな……)地上数十㎝から見上げる人間の威圧感、ただでさえ怖いのに西洋風の鎧を着たり剣を持ってたりするので余計に怖い。

「邪魔だと言っている」

 俺を摘まみ上げてどかせた兵士は、屈みながら少女のフードを外すと「こいつがゲオ・アネラスで間違い在りません」と、後ろにいる偉そうな兵士に報告した。

「その子犬はアネラスの犬か?」

「空から振ってきたんですよその子犬」

「空から振ってきただと!?」

 おいおい何をバカな話しをしてるんだ、そんな事ある訳がないだろう。この人がどこを見ていたのか知らないが、兜を被った隊長らしい人は横で話した兵士に間の抜けた表情をしながらそれは本当の話しなのか? と聞き返す。

「本当ですよ隊長。物凄い速さで振ってきた子犬が、吠えながら屋根にいるアネラスに体当たりをしたんですよ。なぁお前らも見ていたろ?」

 聞かれた兵士が回りに同意を求めると、3人の内2人は見たと答える。

「此奴はエインヘリアルだな」

「頭上にステータスバーが表示されていますね、どうしますかこいつ?」

「アネラスと一緒に捕まえておけ、エインヘリアルでも犯罪は犯罪だからな」

「了解しました」

 (どうしよう、俺はどうすればいいんだ……)

 体当たりが効き過ぎたのか、アネラスはまだ目を覚ましてくれない。兵士に捕まった俺は鉄の籠に入れられると、手枷を塡められた彼女と一緒に鉄の檻が載せられた、空飛ぶ車に放り込まれて牢屋に連行されて行くのだった。

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