第24話 イヤなものはイヤなの
「答え?」
「あたしがさっき言いかけたことなんだけど、マキ論が差し入れた塩分濃度がヤバい麦茶も、海水の散布事件も、加害の意志は感じられるけど、命が狙えるものじゃないと思う。どちらかというと、かまかけとか試しって感じがする。あんまり賢いやり方じゃないっていうか、本来の目的と繋がってないよね。アッキちゃんを狙ってるセーマン派も、一枚岩じゃないんじゃないかな。って、あたし今、セーマン派が他にいる前提で話してるけど、大丈夫? ショックかもしれないけど、続けていい?」
アッキちゃんが無言で首を縦に振ったので、先を続けることにする。
「連中の最終目的はアッキちゃんを完全な黄泉返り人にすることでしょ? っていうことは、なにかの儀式をするために拉致したいんじゃないかな。そこから逆算すると、なんだかチグハグに動いている感じがあるんだよね」
「うん、そう……だね」
「じゃあ他の敵は誰になる? セーマン派はアッキちゃんを
うなずくアッキちゃんの顔が、どんどんと暗くなっていく。
あたしはどうしても毒虫なのかもしれない。だってこんなにアッキちゃんを苦しめている。
「舞火がアッキの彼女になった時に、すでにセーマン派だったとしたら、推し変しろって言われてもそれならあっさり受け入れるよね。アッキちゃんが不安定なタイミングで潜り込む……多分
言ってしまう。
言うしかないから、言ってしまう。
「アッキちゃんの最寄り駅は、あたしの投稿した空の画像なんかで特定されるわけない。確認しても、空しか写ってないんだもん。戴天からの情報だよ」
アッキちゃんがふらりと立ち上がって、あたしの後ろにまわった。
枕元にあったティッシュを二枚抜き取って、部屋の中心に落ちた蛾のそばに行く。
その間アッキちゃんはずっと無言で、あたしは動けない。
しゃがみ込んだアッキちゃんは、ティッシュで蛾をつまんで、ゴミ箱に捨てた。
「それってもえの式神の説明もつくの?」
ゴミ箱の横に立ち尽くしたまま、アッキちゃんが言った。
「式神同士は共鳴する、ってリリィのママが言ってたよね。だから」
「舞火はもえに直接接触して、式神を植え付けた。あたしの周りにもえの毒蛾が現れるようになれば、あたしの居場所が分かるからだね」
観念したように、あたしの言葉を引き継いでアッキちゃんが言った。
「そう、だからアッキちゃんの部屋は、バレちゃったと思う。あたしが嫉妬して飛ばした毒蛾のせいで」
守りたいって気持ちにつけこまれて生まれた式神が、アッキちゃんを
地を這う毒虫だったあたしが、力を得たと思って羽ばたいたのに、やったことといえばファンの男と桃娘を傷つけただけ。
あたしは本当にウカツだ。
あー、だめだ。落ち込んできた。
「あたしの部屋にはもう、戻れないってことか」
「多分。……ごめんなさい……」
「そっか、戴天が、そっか……。でも、そうだよね。そう考えたら、プレの中に入っていたっていうカードも説明つくもんね。自作自演なんだ」
「あたしの様子は赤い蝶に見張られてるから、あたしの動向はぜんぶ分かるはずなの。それで、新月の大潮の日にアッキちゃんが体調を崩すってわかってたら、頼る相手は予想がついて……ねえ、なんでアッキちゃんが今回の大潮の日に
あたしの言葉に、アッキちゃんは顎に手をあてるポーズで少し考え込んだ。
アッキちゃんにも分からないんだろうか。
それなら、聞いてみるしかないだろう。
思えば今まで後手後手だった。どうせ居場所がバレるなら、こっちから接触すればいい。
「戴天を追おう」
立ち上がったあたしの右腕をアッキちゃんがつかむ。
アザのあったところを。
「もえ、落ち着いてね。あたしの前で、力はもう使わないで」
「……約束はできない。アッキちゃんが危ない目にあったら、あたしはきっと毒蛾を出しちゃうよ。だって、あいつらはアッキちゃんを、完全な黄泉返り人とかいうのにしようとしてるっぽいんでしょ。無理やり連れ去ろうとしてるとしか思えないしさあ」
「でも……でも、もえが式神を使うところは見たくないの。もえも前に言ってたじゃん、
腕をつかむ手に力がこもる。
痛いけど、嬉しい。アッキちゃんが真っ直ぐ、嫉妬の感情を向けてくれたから。
「このまま、アザをつけてよ。舞火に付けられたアザをアッキちゃんの手で上書きしてほしい。そうしたら、あたしの力も弱まるかもよ?」
なんていうのは、思ってもいない冗談。睦言なんて無意味でいいでしょ。
でもアッキちゃんは、アザがつくほどには握ってくれなかった。
それどころか、アッキちゃんは薄く笑って、あたしの腕から手を離してしまった。
「生きるのって、ほーんとダルい。信じるとか信じないとか、やらないといけないし、好きな子が出来たら、好きな子についても悩まなきゃいけないんだから」
そう言って立ち上がったかアッキちゃんは、さっさとドアの方に向かっていってしまった。
すぐさま後を追おうとしたあたしに、振り向いたアッキちゃんの手が差し伸べられる。
「……もえの言葉を信じる。戴天を追おう。腕をつかんでアトを付けるなんて、くだらないよ。手はこうやって使ったほうがいい」
アッキちゃんとあたしの指が絡んで、熱伝導の法則よろしく、冷たいアッキちゃんの手にあたしの熱が降りていく。
「――あ、戴天? そう、イチャイチャ終わったの。彼女紹介したいから、遊ぼうよ。今もまだカラオケ? あ、違うの? どこいる?」
電話をかけるアッキちゃんと手を繋いで、錆びた外階段を降りる。
一段下を歩くアッキちゃんのふわふわの髪の毛から、濃い草のにおいがしてくる。
どこか懐かしいこのにおいは、畳のものだ。あたしの介抱をしてから、畳に寝転がったのかな。
二人だけになった部屋で、あたしの寝顔を眺めたりしたのかな。
舞火の正体からマキ論とのつながりを疑うことになって、でもまだあたしを信じていいかも分からなくて、なのにあたしが中途半端に疑問を投げっぱなしで倒れちゃって……ぐるぐる考えながら畳に頬をつけて見つめたのかな。
そんなことを想像しながらアッキちゃんに手を引かれているあたしは、何を返せる?
そんなことを考えていたら、無意識に右腕に意識が行っていた。
アッキちゃんがなんと言っても、あたしはきっと……力を使う。
イヤなものはイヤなの。っていうのは、元々あたしの言葉なんだから。
「ねえ、アッキちゃん。戴天に会いにいく前にひとつだけ確認させてね。戴天がシラきるかもしれないから、色々な情報を集めておきたいの」
パーティ後のホットプレートみたいな予熱をたたえた道路を歩きながら、あたしはアッキちゃんにある確認をした。
それから、アッキちゃんは再度、戴天に電話をかけた。
電話の後、あたし達は一旦リリィのママの部屋に引き返す。準備が、必要だった。
準備を済ませてもう一度部屋を出るとき、あたし達の心は固まっていたのだった。
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