中層編1-7/拾うもの

 日が落ちる前に猛ダッシュでダンジョンへ入っていったウルを見送ってからギィの家に戻った。「撒くとこ間違えんなよー」「分かってるって〜!」という気安いやりとりに、ちょっとした憧れを感じつつもギィの家へと戻る準備をしていると、ミヨウがふと疑問を口にした。


「夜中に小屋へ寄る人もいるんじゃないんですか?」

「あぁ、いるぞ。数枚記入する紙だけ残して、後は全部しまうけど」

「じゃあ戸締りなんかは……」

「しない。金目のものは無いし、帳簿は鍵付きの棚だしな。ここの帳簿を上手く悪巧みに使えるやつなんてそういないし、いてもぶっ刺すし」


 手を軽く握って、何かを突き刺すような仕草をするギィに、ミヨウは思わず「ぶっ刺す」とそのまま言葉を復唱していた。

 奥から大きめのランタンを取り出してきたギィは、肩を竦めて言った。


「スペクターがいれば、スペクターに夜の番を任せている。あいつ寝ないしな。それに、ここに火が灯ってないと夜は戻ってくるのも一苦労なんだ」


 この森は迷いやすいからな、と言って、ギィは大きめのランタンに火を灯す。それを持って外に出ると、細い櫓へ続くロープへ括り付けた。上へと滑車で運ぶと、カチン、と金属同士が軽く触れる音がする。ランタンの行方を見れば、ランタンの火は周囲を囲うようにして貼り付けられている金属板に反射して、日が落ちきっていない今でも目を細める程眩しかった。


「……凄く明るいですね」

「だろう? よく見えるんだよ、コレ」


 懐かしそうな、しかし苦い思い出もあるような、そんな顔でギィは遠くまで光るランタンを見ていた。ミヨウは一通りランタンの扱いの手ほどきを受けると、今度は自分で上まで上げてみろ、とギィにランタンを手渡された。おっかなびっくりと上まであげると、思いのほかしっかりとした感覚と共にカチン、と上まで辿り着いた音がした。

 ギィの家へ戻ると、フタバが料理を作って待っていた。


「おかえりなさいませ。勝手はキューちゃんにお願いして教わりましたの。怒るなら私を怒ってくださいまし」

「きゅー!」


 キューは勢いよくギィの顔面へ飛び付くと、そのまま器用に爪や手足を引っ掛けて頭の上まで登った。いたいいたい、と言いつつも荷物を出入口辺りへ置いたギィはキューの登攀が落ち着くのを待つ訳でも無く、フタバの前へやってくる。フタバはギィを凛とした表情で見上げていた。


「……キューが勝手を教えたなら、そこまで復活したと判断したって事だろ。別に責めも怒りもしないが、その根回しの良さには呆れるな」

「……、申しわけ」


 フタバが少し目を伏せる。


「そんな事しなくても、ここにいていいから無理すんな」


 ぱちくり、とフタバがギィを見た。キューは、てしてしとギィの頭を叩く。まるで、言葉が足りない事を責めるかのように。


「痛いってお前ほんとに美人相手には甘いよな」


 やめんか、とギィキューを掴んで離そうとしていたが思いの外抵抗されたので諦める事にしたらしい。ため息を吐いて、ミヨウもフタバの隣に来るよう手招きすると、リビングの椅子に座るよう促した。ギィの対面で座った二人は、無意識にお互いの手を求めて指を触れさせていた。


「……あのな、あんた達は俺が拾った。キューが助けろと示した。衣食住は完全に保証出来ないが、俺が、というかギルドが雇うし、仕事もしてもらう」

「……」

「……」

「きゅ!」


 もう一声! と言わんばかりに鳴いたキューに、ギィは観念したように口を開いた。


「拾ったものをもう一回捨てるような人間じゃねぇよ」


 そう言うと満足気にするキューを頭からひっぺがして、「風呂の準備してくる」と逃げるように奥へ引っこもうとするギィを、フタバが服の裾を掴んで止めた。


「お湯の準備なら出来ております」

「……うそぉ」


 根回しっていうか外堀埋めるの早すぎるだろ……、と目線が泳ぐギィに、フタバは嬉しそうに目を細めて言った。


「ありがとうございます。本当に。私たちを拾っていただいて」

「あ、姉さん。この人のお名前はエンテラルさんだよ」

「まぁ、エンテラル様」

「うん、エンテラルさん」


 うふふえへへと、はにかむ双子。それを良かったねぇ、と言わんばかりに微笑ましく見守るキュー。生ぬるいと言うにはもう少しだけ温度が高い空間に、一人いたたまれない青年は耐えきれずに叫んだ。


「名前で呼べ名前でッ! ギィでいい!」

「ギィ様」

「ギィさま」

「様はやめてくれ気持ち悪い!」


 ちょっとだけギィの耳が赤くなっていることに気が付いた双子は、お互いに目を合わせて笑った。

 空気を誤魔化すように、新しく記入用紙を作る事を食事中に話せば、フタバはスープを一口飲んだあと少し考えてから口を開いた。フタバが作った料理は具が大ぶりながらも暖かく美味しかった。己が適当に作るものよりも、美味しかった。どこぞの見た目全振りの虚無料理との雲泥の差に、ギィは思わず過去を思い出し遠い目をした。


「それでしたら、ハンコを一部組み換え式にして空欄を作っておくことを勧めますわ。後から追加できるように」

「組み換え? 空欄?」


 気になる言葉に、過去の思い出からすぐに戻ってきたギィは首を傾げた。足元ではキューが生肉を貪る音が聞こえている。


「ミヨウ、今日の精査でよく採取されるものはリストアップ出来たのでしょう?」

「うん。頻度別にリストアップもしてあるよ」

「それがいつ取れなくなるとも限りませんし、突然何かがよく採取されるようになるかもしれない。であれば、こちらも対応出来るように今から面倒くさがらず骨組みを組んでしまいましょう、という話です」


 明日、私にもハンコ作りの仲間に入れさせてくださいね、と続けたフタバ。思ってもみなかった言葉に、ギィは目を瞬かせていた。


「流れであんた達が帳簿管理することになったが、ほんとはギルドに回して事務作業や雑務をやってもらおうかと思ってたんだ」


 そうか、ここに他人が入るとそういう共有がいるのか……。と顎に手を当てて考え込むギィ。


「今までは、ギィさん一人でやってたんですよね?」


 帳簿の付け方はともかく、それでギルドに出すクエストや討伐数や採取数の調整が出来ていたのは確かなのだ。


「あぁ、もう一人はいたりいなかったりだけど。全部覚えてるからな」

「……、全部?」

「全部。流石に、採取したものが何に使われてるのかなんて把握できてないが……」


 それは他に聞いてくれ、と言わんばかりに話を切りあげギィはパンにかぶりついた。そんなギィを横目に、双子はこそっと話し込む。


「……ミヨウ、リストアップしたもの以外にも沢山種類はあったのよね?」

「めっちゃあったよ。それこそ何百って数が」


 亜種なのか突然変異なのか分からないが、それらも全て別ものとして記入されていた。きちんと見極め分類できる目も知識も、ギィの脳みそに全て入っている事の証明だった。


「ギィさん、文字が苦手なだけでとんでもない情報量捌いてたってこと……?」

「型破りタイプね。私たちが率先して聞き出さないと色んなものが進んでっちゃうわよ」

「スペクター……、えっと他に一応記帳してる人? 番犬? モンスター? おばけ? もいるんだけど」


 不穏な方向に言い換えていくミヨウに疑問符を浮かべるフタバ。しかしフタバの表情に気付かないミヨウは、言葉を脳内で組み立て終わったのか再び話し始めた。


「とにかく、そのスペクターっていうのが何の意思疎通もせず、ギィさんのやり方で回してたんだ。だから……」

「……なるほど、そのスペクターさまにも情報の共有をしなければならない、と」


 ミヨウがスペクターに敬称はいらない、と話しているのを思考に夢中で右から左へ流してしまっているフタバ。しばらく騒がしくなりそうだなぁ、と思いながらパンを咀嚼するギィ。久しぶりに賑やかな食卓を背景に、キューは出された夕食の最後の一口をペロリと平らげると、満足そうにけぷ、と息を吐いた。

 夜風がダンジョンの木々を揺らす音がするが、今日ばかりは少し遠くに聞こえた気がした。


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