中層編1-6/会長代理

 暫くして、青年が戻ってきた。キューは今日も姉の付き添いで家にいる。スペクターも小屋にはいない。出会った時と同じように、二人きりだった。


「突然一人にして悪かったな。あれから誰か来たか?」

「はい、入っていく冒険者さん達が三組と、ウルくんが」

「ウル、くん?」


 ミヨウの呼び方に惚けたように固まる青年であったが、それも一瞬であった。面白そうにくつくつと笑うと、使った痕跡のあるマグを見て呆れた表情を浮かべた。最初の印象はもっと仏頂面で無愛想なのかと思っていたミヨウだった。しかし、こうして警戒を解かれると存外よく笑うし話すのだな、と最初と比べた青年の表情が新鮮だった。


「あいつまた人のもん勝手に使いやがって」

「あ、ウルくんは忘れ物をしたそうで、また夕刻には顔を出すと」

「忘れ物……、あぁ、アレか」


 心当たりがあるのか、青年は「まぁ、今日中に何とかしてくれればいいしな」とぼやく。特に何か問題がある訳でもないと判断したのか、青年はうるが座るカウンターの対面へ椅子と奥の鍵付きの棚からいくつかの紙の束を引っ張ってくると、その椅子に座り紙の束をいくつかにわけてカウンターの上に乗せた。


「さて、今から俺の苦手な話をする」


 本人が今からその作業をするわけでもないのに、心底苦手そうな顔で口を開いた。


「ダンジョンというものは、如何せん世に出回ってる本や詩のせいでモンスターと冒険が渦巻くロマン溢れる場所、または日銭稼ぎに丁度いい場所、とりあえず戦えればいいやつが命のやり取りを求めてくる場所、社会不適合者がこぞって集まる場所といった印象が大半だが」


 まだまだダンジョンの印象に対する罵詈雑言は出てきそうな雰囲気であったが、一通りのものを出したのかここで一つ区切る青年。しかし、ミヨウが印象を聞く度に納得するような仕草ではなく、どんどんと首を傾げていくので、今度は青年が首を傾げた。


「どうしたんだ?」

「中層のダンジョンってそんな感じなんですね……」

「最上層は違うのか?」

「最上層はなんというか、禁領として触れてはならないものなんです」


 そうミヨウが言えば、青年は思ってもみなかった言葉に何度か瞬く。


「禁領」

「はい。最初ここがダンジョンだって教えてもらった時も、最上層のダンジョンと同じようなものだと思っていたので、同じく最上層のように問答無用で刑罰として処刑されてしまうのかと……」

「処刑……!?」


 胸をなでおろしながら朗らかに話すミヨウ。階層によるダンジョンのギャップが凄まじく、思わず天を仰ぐ青年だったが「……実際のダンジョンの話だったな」と流れを戻す。


「中層では冒険野郎が蔓延るダンジョンだが、実際は倒され過ぎたモンスターは増えるように調整しなければいけないし、採取されまくった植物や鉱石も元に戻るように手を加えなければならない」

「逆に、増えすぎたものも減らさないといけないって事ですか?」

「その通り」


 そこで、これが本題だ。そう言って青年は紙の束をぼすぼすと叩いた。


「誰がどれだけ何を持ち帰っているのかなんて俺には分かりっこないので、義務化した」

「義務化」

「あとダンジョンで野垂れ死にされると困るので、届出も兼ねてる。申請した日数が過ぎてもダンジョンから出てこなかったら俺が探しに行くことになっている」


 経験を積んだ冒険者が何週間もダンジョンに篭もりきりなどしょっちゅうある事だが、ダンジョンへ入れるようになった浮かれぽんちが調子に乗って帰還報告をしないのもしょっちゅうあるという。


「はぁー、お山に登る時みたいですね」

「おやま?」


 首を傾げた青年。ミヨウはどこから話せば簡潔になるか少しだけ考えていたが、暫くして口を開いた。


「えーっと、詳細は省きますが霊峰と呼ばれる神聖な山があるんです。そこへ修行や願掛け、または具申をする際には、登山届というものを出してからいかないといけないんです。何かあった時に色んな手続きが出来ないから、と」


 何かあった時という表現に、死亡した時や救出が必要な時というものが含まれているのは、青年にも伝わっていた。


「へぇ、階層は違っても同じことを考えるやつはいるんだなぁ」

「とはいっても、中層の方が細分化して記入してもらわないと大変そうです」


 青年が手を置いたままの紙の束とは別の山へ、「見ても大丈夫ですか?」とミヨウは手を伸ばした。暫く過去の帳簿を見ていたミヨウは、一度息を吐くと青年を見た。


「……一回、記入欄作り直しましょうか」

「そ、そんなにか……?」

「このままじゃ、姉さんは兎も角おれは整理できませんよ」


 というか、よくこれでスペクターも管理してましたね。と続けると、何枚か紙の束からピックアップしてミヨウは紙とペンを構えた。


「このハーブ、よく採取されているようですが何か用途があるんですか?」

「それは傷薬として使われる。煎じてポーションにも流用可能」

「取れる場所はどこですか?」

「最深部以外なら何処でも生えている。だが、このハーブは一部のモンスターも食べるから取られすぎるとまずい」

「この爪は?」

「砕くと研磨剤として優秀なんだ。だから冒険者達からの需要は常にある」

「生息地はどこですか?」

「浅めのところならいるが、多いのは南西側だろうな」


 次々とミヨウからの質問に澱みなく答える青年。一通り質問を終えたミヨウは、質疑応答をメモした紙を上から下まで眺めると、口を開いた。


「……帳簿が苦手な理由って、もしかして字が汚い人が多くて読み取りにくいっていうのもありますか?」

「……、よく分かったな」

「汚い文字の隣に書き直してあれば察しはつきますよ」


 頬杖をついていた青年は、驚いたように瞬きをした。


「この神経質そうな文字はスペクターのものだと思うんですけど、それ以外の走り書きみたいな文字は……」

「……俺だ」

「やはりそうでしたか」

「……生憎と、文字の読みは何とかいけるが、書くのは苦手なんだ」


 座りが悪そうに脚を組みかえる青年に、ミヨウは笑った。


「誰にでも得手不得手はありますよ。おれが言いたかったのはですね、記入欄を減らせば二度手間にならないんじゃないかって事なんです」

「記入欄を、減らす?」


 思ってもみなかった言葉に、先程から青年は驚いた顔ばかりしている。


「えっと、考えている事の理屈は世間に出回ってる版本と同じなんです。大きなハンコを作っておけば、後から何枚同じものがほしくなってもハンコを押せば作れるっていう……。それと、差し支え無ければでいいんですが」

「どうした?」

「よく採取されるものをリストアップしたいんです」

「それは構わないが……」


 なんならウルのやつをとっ捕まえた方が、その後の詳しい使い方まで教えてくれると思うぞ、と続ける青年は首を傾げた。


「それが記入欄を減らすというのと何か関係あるのか?」

「印刷を可能にできる技術があれば、の話になってしまうんですが」

「まぁ、そこは心配しなくても大丈夫だろう」


 今話したばかりの内容だというのに、あっけらかんと言い放つ青年。


「会長代理権限振りかざしてジェイに振ればなんとかなる」


 権力を使う瞬間ってこういう感じかぁ、と腕を組んで何故か遠い目をする青年に対し、ミヨウは聞き捨てならない思わず言葉を復唱した。


「……会長代理権限?」

「ん? あぁ、会長代理」


 青年は頷く。


「会長代理?」


 ミヨウはおそるおそる手で青年を示す。


「会長代理」


 青年は、己を指さした。

 ミヨウが固まること、三秒。蘇るのは昨日のギルドの奥へ招かれた時の会話と、部屋に飾ってあった歴代の会長の写真や自画像と名前。そして、唯一顔がなかった会長代理という不思議な役職欄の下にあった名前。


「え!? ギィ・エンテラルさんってこと!?」


 思わず椅子から立ち上がるミヨウに、ギィは「あれ、名乗ってなかったっけ」と白い髪を揺らして首を傾げ思案していた。


「……あぁ、そうか。スペクターのせいであの時、有耶無耶になって終わってたのか」


 お世話になりまくっている青年の立場が判明し、途端に慌てふためくミヨウ。それを見て青年は、とりあえず座れ、と椅子を示すとミヨウはスッと座る。しかし表情は動揺したままだった。

 最上層の人間の気質なのか、それともミヨウ本人の性格なのかは分からないが、ちょっとばかり素直に言うことを聞きすぎる傾向があるのは、どうなのだろうか。昨日、街から帰ってきた際、キューがジェスチャーながらに「あの子チョロいよ」と肩を竦めて呆れていた理由がわかった。と青年は一人納得した。これは心配になる。


「んじゃ、改めて。中層でダンジョンの管理をしている、ギィだ。よろしく、ミヨウ」


 ここで初めて、ミヨウは己の名をギィから呼ばれた事に気が付いた。歩み寄った分だけ振り返ってくれる人なのだ、と気付きを得たミヨウはギィの手が差し出されていることに気が付いた。

 中層の事は、まだ何も分からない。特にダンジョンの事など、理解するのは大変だろう。しかし、この握手の習慣は好きかもしれない。ミヨウはじわじわと込み上げる熱い何かを押し込むと、口角をあげた。


「最上層からきました、ミヨウです。姉共々、よろしくお願いします!」


 ミヨウは、ギィの手を取った。グローブに包まれてはいるが、その手が長物を普段から振り回している手だというのは、ミヨウにもよく分かった。

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