中層編1-4/質屋とギルド

 質屋。着物を持ち込んで店の人に興味深そうな視線を向けられたものの、特にアレコレ聞かれるわけでもなかった。その事に安心しつつ質屋にあるものを見渡す。さすが冒険者の街の質屋と言うべきか、鎧や武器などイカついものが多かったが、よくよく見れば衣類の類もある。多少使い込まれた風合いはあるもののどれも清潔に見え、女性向けの衣類もあったのでここで買っていけばいいか、とミヨウは適当にサイズの合いそうなシャツやズボン、スカートを手に取っていく。


「お客さん、ちょっと」


 そう言われ質屋の方へ向かうと、買い取ってもらった着物の他に、テーブルの上には紙袋に包まれたものがあった。


「えっと、なにかありましたか?」

「女装する気配もないのに女物の服を躊躇無く手に取っていくってことは、女性親族用の衣服を見繕っているのかな、と」

「!?」


 ピタリと言い当てられ、ミヨウは固まった。その反応に、質屋は面白そうにケタケタと笑う。


「うん、分かりやすくて大変よろしい。もひとつ言うなら、彼女用だとしたらもうちょっと丁寧に見るだろうし」

「え、あの」

「んで、ここに持ち込んできたものと、その汚れから推測するに、急いでここまで来たんだろう?」


 そう言うと、質屋は上を指さす。それは天井を示しているのではなく、ミヨウがどこから来たのかを示す行動だった。


「……何が目的ですか」

「いや、なにも。これはアタシの悪い癖でね」


 肩を竦めた質屋にミヨウはいまいち警戒が解けずにいたが、それも次の発言で粉微塵になった。


「下着のこと忘れてないかい?」

「したぎ」

「下着」


 途端、口を細くして顔色を青くするミヨウに、質屋はとうとう腹を抱えて笑った。


「男が女の細かいところまで気を回せたら、そいつは神経すり減らしてる気遣いのプロか男女の縺れに慣れきってるやつだよ」

「えっ、あ、あの! すみませんあのおれどうしたら……!?」

「そこで、これの出番ってわけさ」


 質屋は、着物と一緒に置いてあった紙袋をミヨウの方へ押し出す。


「お客さんの持ってる服のサイズ的に、この大きさだろうと思って適当に選んどいたよ。もちろん新品さ。うちはここ以外にも大通りで、女性冒険者向けに店を出しててね」


 今日はそっちが休みで、こっちを開けてるわけだが。と、続けると紙袋に伸ばそうとしていた手から引き離すように、質屋は紙袋を摘むと顔の横へ持ってきた。


「さて、お客さん。この着物、ちょっと汚れちゃいるが随分上等だねぇ。さっき提示した金額からこれだけ引かせてもらえれば、これをつけてあげよう」

「なん……ですと……!?」

「ちゃんと買い取った分のお金は渡すけれど、それはそれとして。街で女性達から不審な目を向けられること無く、ご親族への細かなサポートを提供できるわけだ」


 それが今ならお値段コレだけ! そう言ってカウンターへ金額と買取の詳細を書いた紙を叩き付ける質屋。確かに、手元に残るお金は少なくなるが、後から姉に嫌味を言われる事を考えれば、ミヨウがとれる選択肢は一つだけだった。


「よろしくお願いしまぁす!」

「まいどぉ!」


 にっこり笑った質屋の笑顔と、姉の凍える笑顔を天秤にかけたミヨウは思わず呟いた。


「質屋さんが親切で助かった……!」


 金を受け取り、衣類がまとめて入った紙袋を両手で抱えたミヨウは、逃げるように不気味な裏通りから大通りの広間へと移動する。もう一本通りを超え離れたところで大きく疲れた息を吐いた。


「きゅ」

「下着なんて完全に盲点だった……」


 帽子の中から「あかんわこいつチョロいわー」的な空気が流れているのだが、そんな事に気が付く余裕は今のミヨウになかった。少し息を整えると、ミヨウはすこしズレた帽子を被り直した。


「さて、とりあえずギルドとやらに行って手紙を渡そう」

「きゅ」

「ひとまずさっき見た大市場まで戻って、そこから誰かに聞こう」


 帽子の中でキューが行けとばかりにバタバタと動き回る。爪や鱗が引っかかる度に「いたいいたい」とミヨウは苦く笑うのだが、ふと視線を帽子の方へ移す。


「なんというか、驚くタイミングがなかったからおれも姉さんも流しちゃってたけどさ」

「きゅ?」

「キューって、ドラゴンなんだよね」


 ドラゴンといえば、下層の僻地にいたりいなかったりするような珍しい生き物だ。最上層では御伽噺の存在に近いといった方がいい。それが、中層で、しかも幼いドラゴンというのは本当に珍しいのではないのだろうか。

 ミヨウの視線に気が付いたのか、帽子の隙間から顔を出すキュー。


「ドラゴンなんて、初めて見たよ」

「きゅ!」

「それにめちゃくちゃ賢いし」

「きゅー」

「何も言わずに最初から帽子の中にいるってことは、きっと見つかったらまずいんだよね」

「……きゅ」

「大丈夫だよ。キューが困ると、あの人も困るでしょ。それはおれたちも困る」


 なんだかんだとあの青年の名前を聞けていないことにミヨウは気付いたが、ここまで来るともう向こうから名前がやってくるのを待っていた方が良い気がしてきた。キューは小さく鳴くと、帽子の中へ潜っていった。

 短なそれを見送って、ミヨウは足を進める。すると見覚えのある大市場へと戻ってきた。東西南北にメインとしての広めの通りはあるが、その奥にも所狭しと露店が賑わっている。


「うわぁ……!凄い活気!」


 食べ物や飲み物もあれば、薬草やポーション、武器や防具はもちろん、何に使うのかよく分からないものまで見える。今朝ダンジョンに入っていった冒険者たちもここで装備を整えたのだろうかと思うと、少しだけ親近感が沸いた。

 いざギルドは何処かと聞こうとした所で、深い緑色の看板が目に入る。それは青年から預かった手紙の封蝋によく似ていた。


「あそこか……?」


 吊り下がった看板には様々な植物がモチーフとなっている装飾にギルドの頭文字が彫ってあるが、手紙の封蝋には、花のない草木のみの装飾と、その中央に目のような模様。いっそ怖さすら感じる模様は、ギルドの看板のイメージとは似ても似つかない。


「きゅ」


 封蝋を眺めていれば、頭の上から「どうかしたのか」と言わんばかりに鳴き声がした。それに気を戻し、頭を振ってからギルドへ足を踏み入れる。

 まるで酒場のような作りの中は、実際酒場のように賑わっているところもあったが、それは一部のみ。他は雰囲気こそ親しみやすさはあるものの、まるで役所のように整然としたつくりで、ギルドの人間からすれば人を捌きやすい作りになっていた。


「こちらへどうぞ」


 入ったまま動かないミヨウを見かねて、受付から声がかけられた。あわててそちらに行けば、人好きのする笑顔の女の人がいた。


「ようこそ。ご用件は?」

「あの、手紙を届けて欲しいと言われまして」

「手紙?」


 首を傾げる受付。ミヨウは耳へ手を持ち上げ、耳の辺りでジェスチャーをした。


「眼鏡の耳が長い人へ、と」


 すると受付嬢の視線が鋭くなる。


「お手紙を、お預かりしても?」

「あ、はい」


 ミヨウが渡した手紙の封蝋を見るなり、慌ててカウンターの奥の扉へと入る受付嬢。しばらくして、先程の受付嬢とやってきたのは、厳しそうな雰囲気を纏った背の高い男だった。青年の言った通り眼鏡をかけ、耳は少し大きめで、確かに尖っていた。物珍しい耳の形に思わず見ていれば、男から声をかけられた。


「手紙を届けていただき、ありがとうございます。いくつかお伺いしたいことがありますので、こちらへ来ていただいても?」


 こちら、と示すのは先程受付嬢が入っていった扉。背の高さと声の厳粛さに身を竦めるようにしてミヨウは頷いた。

 案内されるがままにいくつか扉をくぐり、廊下を抜ける。奥の一室に辿り着いて、勧められるがままに上等なソファへ座る。変わらない男の雰囲気に、何か失礼な事をしてしまったのだろうか、と冷や汗をかき、身体が固まった。


「あの小僧は元気か?」

「……小僧?」


 思っていたよりもフランクな言葉に、思わず目をぱちくりとさせるミヨウ。固まりきっているミヨウに今度は男が何度か瞬きをしていた。なにやか空気が変わった気がする、とミヨウが少しだけ力を緩めると、入ってきた扉からティーカップとポットを盆に乗せた先程の受付嬢がこの空気を察知してくすくすと笑っていた。


「もう、だからあれ程少しは笑いましょうって言ってるじゃないですか」

「……、普段の冒険野郎共にはいらんだろうが」

「だからって、せっかく手紙を持ってきてくれた彼を怯えさせてたら駄目ですよ」


 はい、どーぞ。と言って受付嬢はミヨウの前のテーブルへお茶をそっと差し出す。思わず頭を下げれば、さらにくすくすと笑う受付嬢。


「ごめんなさないね、私はレイラ。そこのなんか高圧的な眼鏡は、ギルドの番頭みたいな人よ」

「番頭……、え、めちゃくちゃ偉い人じゃないですか!?」


 ミヨウはさらっと手紙を渡してくれと言ってきた青年を思い出す。あんな、ちょっと街にいる親族に手紙渡してくれ、みたいな気軽さだったのに渡す相手が大物過ぎる。巫女庁で言うところのNo.2じゃないか、と冷や汗をダラダラと流すミヨウに、眼鏡の男は長い脚を組むと、深く息を吐いた。


「……そんなに怖いか……?」

「怖いですよぉ」

「そうか……」


 少しだけ遠くを見た男は、一度目を閉じる。そして、切り替えたのか先程の雰囲気に戻り、ミヨウを見た。


「俺はジェイという。中層ギルドの副会長だ。突然お前をここまで連れてきたのは、その手紙の差出人から、お前が適任だから互いに名前と顔を覚えておいてくれ、と書いてあったからだ」

「あの、適任って何のことですか?」

「……また話してないのか、あの小僧」


 思わず、と言ったふうに上を見上げるジェイ。配膳の終わったレイラが、隣で肩を竦めながらお茶に口をつけていた。


「いらんところばかり似てくるな、あれは」

「良かったじゃないですか」


 レイラの言葉にジェイは思わず、といったようにレイラを見るが、当の本人は何処吹く風なので話を戻すしかなかったらしい。咳払いをすると、ジェイは話を始めた。


「手紙に書いてあったが、ミヨウ、と言ったか」

「はい」

「あいつは、お前とお前の姉をダンジョンの窓口として採用したいらしい」

「……はい!?」


 思わず手に持っていたティーカップを落としそうになったが、何とか持ちこたえたミヨウはティーカップを置く。慌てていたが、その動作は音を立てないようにと気をつかったものだったので、ミヨウに対面する二人は、なるほど窓口……、と納得したように頷いていた。


「え、あの、姉も!? というか、いつそんな話に!?」

「帳簿がつけられるとわかった時点で決めていたらしい」


 混乱するミヨウだったが、青年の妙な手回しの良さといい、こちらに対しての都合の良さといい、全てに納得していた。

 つまり、彼はミヨウとフタバの才覚を知って素早く外堀を埋めに来ていたのだ。面倒見の良さも彼の特徴だろうが、それを被って根回しする事のなんと手際の良いことか。姉とは別の方向性で頭の回る人だった。

 ミヨウの表情で全てを察知したのか、レイラは「登録書類準備してきますねー」と部屋から出ていき、ジェイは懐かしそうな目をしていた。


「お前も無事に囲われたわけだ」

「お前『も』?」

「俺も会長にあれよあれよと囲われた口だ」


 ん、とジェイは顎で壁にかかった額縁を示す。壁にはいくつかの絵や写真やネームプレートのようなものが飾ってあったが、その中に一際目を引く写真があった。長く白い髪を三つ編みにした男とも女ともつかない綺麗な顔立ちの人間が、元気よく目元でダブルピースをキメていた。その下のネームプレートには、『中層ギルド十代目会長』の文字とその人物の名前があった。

 その写真のふざけ倒したポーズと厳粛な会長というの文字のギャップが激しい。


「か、会長……?」

「残念ながら会長だ。今は不在だがな」


 どこほっつき歩いてるんだか、と呆れたように吐き捨てるジェイ。ジェイの表情に、苦労しているんだなぁ、と苦笑いするミヨウ。ふと、会長の隣に何も飾られてない小さめな額縁の下に『会長代理 ギィ・エンテラル』と書いてあるのを見つけた。


「会長代理……」

「お待たせしましたー!」


 レイラが書類と筆記用具一式を持って戻ってくると、慣れた手つきでミヨウの前に書類を置いた。そして、書類の内容と記入する箇所の説明を受けている間に、今度はジェイがどこかに行ったかと思うと、それほど間を置かず戻ってきた。


「これを持っていけ」


 そう言ったジェイの手には、紙袋があった。


「茶葉だ」

「茶葉……?」

「手紙の最後、走り書きの追伸に茶葉が切れたと書いてあった」


 あれはコレしか飲まん。と、手渡された紙袋には、見た目よりもずっしり中身が入っているらしく、重かった。

 なんというか、青年の面倒見の良さはこの耳の長い眼鏡の男から来ているのではなかろうか。そう気付いて、ミヨウは少しだけ笑った。


 ***


「戻りまし、」


 色んな荷物を抱えてダンジョン前の小屋に戻って扉を開けた瞬間、頭上をインク壺が飛び越えていった。思わず、といったようにキューが帽子から脱出して、インク壺が飛んで来た方向へ鳴き喚いた。


「ひぃ……!?」


 よりによって重くて固いものが頭上を飛んで外に飛んで行ったのか、と顔を青くしていれば青年が細槍を片手になにやら立ち回っていた。


「だからッ! 今はヌシの交代時期で、最深部の見回りなんて出来ないって言ってるだろ!」


 青年は飛んでくるものを、槍で的確に床へ落としていく。これ、もしや早速掃除かな、と気落ちしていれば飛んできた本が顔面に激突しそうになったのを、間一髪青年に槍で足払いをかけられ床に倒れ込んだ。


「あんた、ほんとに間の悪い時に戻ってくるよな」

「あはは……」


 青年はミヨウに手を貸し起き上がらせると、小屋の中にあるあらゆるものが浮いているその中心へ視線を向けた。


「スペクター、いい加減にしろ! こういう事もあると知って俺と手を組んだんだろうが」


 ぶぉん、と今度はマグが飛んで来た。のを、流石に割れると困るののか青年がキャッチした。勢いが強かったのか、掴んだマグを苦情として鳴き続けるキューへ預けると痛そうに掴んだ左手をプラプラと振っていた。


「しばらくはコイツら……、双子がここを何とかしてくれる。そんなに怒るなら、お前は最深部に引きこもって警備してろよ」


 途端、ドンッと何か強い衝撃が床を蹴るような音がすると、とんでもない冷気がミヨウをすり抜けて乱暴に扉が閉められた。


「あー、とりあえずおかえり。ジェイには会えたか?」


 落ちた帽子を拾い上げる青年。ミヨウは色々言いたいことはあったが、出た言葉は「職場の先輩とうまくやっていける気がしません」だった。青年は腹を抱えて笑った。

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