中層編1-3/森というものは

「おはようございます。森へお入りの際は、こちらへ必要事項を記入してください」


 森の入口にある小屋へ立寄る冒険者達が、見知らぬ青年にカウンターで丁寧に声をかけられる度に面食らっては動揺する。いつもの得体の知れないポルターガイストではなく、物腰柔らかで爽やかな人間が挨拶と共に記入を促す。


「行ってらっしゃいませ、気を付けてくださいね!」


 そして駄目押しに、この言葉である。よく分からないままに冒険者達は、よく分からない感情を抱いたまま、何となく普段よりもよく動けた気がしたという。


「いやぁ、面白過ぎるだろ」


 青年はけたけたとダンジョンへ入っていった冒険者達を笑っていた。やる事は直接教えるから、と青年の家へ一泊させてもらった翌日の朝のことであった。

 小屋でのひと騒動から、双子の姉であるフタバはこれまでの無理が祟ったのか、高くはないが熱が出た。そして、その場にいる人間三人が何かを言う前に、小さなドラゴンは鋭く一鳴きすると、双子へ宛てがわれた部屋へフタバを押し込む。フタバをベッドまでつついて移動させ寝かせると、布団を持ち上げフタバの上へかけた。ちょっとかけ方が雑なのご愛嬌といったところだろう。サイドボードの上へふんぞり返って「きゅっ!」と鳴いた。まぁ、つまり。そうことである。


「お姉さんが復活するまで、というかキューが満足するまでは、休んでいけ。そもそも、俺の管理するダンジョンで出た要救助者を放り出したら寝覚めが悪い」


 肩を竦めた青年は、ミヨウとフタバを上から下まで眺めると、自分の部屋に一度戻り、そして洋服を片手に戻ってきた。


「ミヨウとか言ったっけ。あんたは外に出る時、俺の服を着てくれ。その白くて布が嵩張る服は中層だと目立つ。特に、あんた達のは特別高そうだ」


 普通の白いシャツに、作業用の丈夫そうなズボン。靴は元々ブーツだから、そこまで浮く事は無いだろうが、どこかで中層のものを入手した方がいいだろうな、と青年は言ってミヨウに服を渡してきた。


「明日は、あんた達の服を手に入れないとな」


 俺は今ダンジョンを離れられないから、キューと街に行ってもらうことになるが、と手際よく湯を沸かしながら付け加える青年にミヨウとフタバはそれぞれの言葉で遠慮を示す。しかし、フタバに関してはキューが口に翼を当ててきたので黙るしかなくなっていた。


「そこまでしていただくのは……!」

「キューがうるさいんだよ。それに、あんた達は逃げてきた。つまり逃亡者ってことだ」


 青年が、使い古されたマグを三つ棚から取り出していた。一つは青年が普段使っているであろう年季の入ったもの。もう二つは、古いものの最近使われたような形跡を感じさせないものだった。


「森というものは鳥と獣と無法者と逃亡者、それから隠者と魔法使いの住むところなんだと」


 まるで誰かの受け売りのように話す青年は、「あ、茶葉ねぇわ」と頭をかいていた。

 それが、昨晩の話。


「はい、ご記入ありがとうございます。気を付けて行ってきてくださいね!」

「お、おう……」

「はい……」

「へぇ……」


 爽やかにミヨウに声をかけられる度に、ダンジョンへ入っていく冒険者たちはみな一様にしどろもどろになりながら小屋から出ていった。


「いやぁ、助かる。愉快だし」

「おれよりも、こういうのは姉さんが得意なんですよ。愛想もいいし、華がありますからね」

「あんたも大概だと思うが」

「出来るのと向いてるのとは別の話ですよ」

「そりゃそうだ」


 俺にとっての帳簿と同じか、と呟く青年は懐から手紙とメモを取り出すとミヨウへ差し出す。


「ここは一通り落ち着いたから、街へ行って買い物してきてくれ。特にあの服……、えーっと」

「着物のことですか?」

「そう、そのキモノとやら。思い入れもないならメモにある質屋に入れて金にしてくるといい。最上層のものなぞ高値が着くだろうし、そこの質屋なら変な詮索はしない。詮索は」


 妙な言い回しをする青年にミヨウは疑問に思いつつも、素直に頷いた。


「わかりました」

「それから、コレをついでにギルドへ届けてもらいたい」


 そう言って手紙の方を指さす青年。白い封筒には、緑の蝋で封がしてあった。


「ギルド、とは?」


 ミヨウが首を傾げると、青年は目をぱちくりとさせて「これが階層ギャップ……」と呟く。一拍置いて、気を取り直したように口を開いた。


「あー、冒険者の組み合いみたいなものだ」

「組み合い」

「中層の冒険者はだいたい所属するんだ。向かう先はダンジョンしかないから、無駄な揉め事を避けるのと色んな情報共有の為にな」


 例えば、狙う獲物が被らない為のクエスト発効、ダンジョンに異常があった時の注意喚起など。他にもギルドが担っている事をぽつぽつとあげていけば、ミヨウは「なるほど、ミコチョウ……」と謎の単語を発した。今度は青年が首を傾げたが、そろそろ街へ送り出さなければ時間が足りなくなるだろう、と話を戻した。


「これを、ギルドカウンターの眼鏡かけたやつに届けてくれ。耳がとんがってるからすぐ分かる」

「耳が……?」

「ギルドの場所は目立つが、迷ったら街のやつに聞けばいい。質屋に行く時以外は大通りをいけ。裏道には入るな」

「は、はい!」


 青年が裏道には入るなとキツく言うものだから、ミヨウは思わず緊張して返事をする。それを見て青年はそんなに固くなるな、と肩を叩いた。


「中層で一番でかい街って訳じゃないが、昨日のエレベーターの警備員がいない保証もない。家に戻って、キューに帽子貸してくれって言えば、適当に何か貸してくれる。それからキューと街に行ってくれ」

「帽子?」

「その真っ黒な髪は、中層だとあまりいないからな。帽子被っとけば焦げ茶ぐらいには誤魔化せるだろ」


 青年は己の頭を指さす。それはミヨウとは正反対に真っ白だったが、深い緑色の目と相まって青年によく似合っているように感じた。


「ありがとうございます。それでは、行ってきますね」


 そう言ってミヨウが小屋から出ていく時、入れ違いに騒がしい冒険者が小屋に入っていった。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てては、細槍が飛んでいく音がした。

 なんというか、結局面倒を見なくてはおさまらない性分なのだろう。ミヨウは一度だけ振り返って小屋を見る。窓からは、案の定細槍が何本か中空に浮いているのが見えた。


 ***


 帽子をかぶった頭の中で、キューが楽しそうに尻尾を振っていた。小さな見た目の割によく動くからか、少し重く感じる。これがしょっちゅう頭の上に乗ってくるのならば、やめてくれと青年がキューにぼやくのも仕方がないだろう。


「きゅっ」

「あ、ここを右?」


 帽子の中で道案内役が、首を振った気配がした。帽子の中へ隠れるように潜ったキューをつれて街へと入れば、すぐに人の賑わう広い通りに出た。ここが言っていた大通りか、と周囲を見渡す。活気に溢れる店が通りに沿って並び、時折飲食店の看板も目に入る。大通りを道なりに見ていけば、階段によって少しずつ高くなっていき、一番上にはさらに大きな市場があるようだった。


「凄い、最上層とは全然違う……!」


 厳粛で閑静な最上層のイメージと真反対の中層に、ミヨウの足取りは軽くなっていた。姉の熱が引いたら是非ともここは見せたい。きょろきょろと大通りを見ていれば、必然的に裏通りの暗さも引き立っているのが分かる。見える限りの範囲では、単に暗くて狭いだけのようだが、恩人の言う事は素直に聞いておいた方がいい。

 手元のメモを見れば、一番上の市場に向かう前に左へ曲がる道があるとの事だが、どの辺りだろうと足を止めて周囲を見ても裏通りへの道しかない。しかも、なんだか蔦も多いしより不気味である。


「え、ここなの……?」

「きゅ」


 そうだ、ゆけ。と、言わんばかりに頭上でキューが鳴き、長い尻尾だけを器用に帽子から出してペチペチとミヨウの頬を叩く。


「えぇ、普通にちょっと怖いんですけど……!?」


 最上層の静かさとは、確かな統制があればこそなのだと身をもって知ったミヨウは、いい加減叩き続けられる頬が痛くなってきたのでおそるおそる足を踏み入れる。

 建物の影に入った瞬間に、大通りの喧騒が遠くなった気がした。裏通りはさらに細かく枝分かれしているようで、その印象は中層のダンジョンに似たものを感じさせた。

 帽子の中でもぞもぞと暖かくてちょっと痛いものがいる故に、足を止めるわけにもいかない。意を決して裏路地の奥の方へ足を進めれば、曲がり角で裏路地に似つかわしくない、真っ赤な屋根の店構えが目に入る。


「煙草……?」


 屋根から吊るされた看板には、シンプルな煙草の文字が一つだけ。ガラス越しから見えるのは、何種類もの煙草と、受け渡しに必要な小さな窓口がある事ぐらいで、中に誰かいるのか、他にも何かあるのかを見るには窓口の前から覗き込まなくてはならなかった。


「番号」


 ちらりと覗き込めば、涼やかな女の子の声が聞こえた。


「え?」

「煙草が欲しいなら番号で言って」


 すると、華奢な手元が窓口に置いてある煙草の一覧を指さす。


「あ、ごめんなさい。この辺りの質屋を探してて……」

「……それなら、もう一本奥」


 白い指が、通りの奥を示す。この煙草屋の角に来てようやく見える位置にもう一本奥に入る道が見えた。


「ありがとうございます!」


 キューが見えないように帽子を被り直して、ミヨウは声の主に頭を下げると質屋へ向かっていった。結局窓口ではガラスが反射して中の様子も声の主の顔も見えなかったが、今度お礼に伺おう。煙草は吸えないが、何か差し入れでも持っていってもいいかもしれない。ミヨウはそう考えながら、手に示された道を曲がる。

 完全にミヨウの足音が遠ざかったのを聞いて、少女は匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした後、不思議そうに首を傾げた。


「中層の人間のにおいじゃない……?」

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