中層編1-2/拾われたものたち


「で、またなんでこんなところに最上層の人間が入ってきてるんだ?」


 青年は、何かを腰のポーチから取り出すとミヨウに投げてきた。「軟膏」とだけ言って、己の頬を指差していたのでどうやら頬の傷の手当に使えという事らしい。慌てて礼を言って少しだけ指にとる。何を使っているのか知らないが、えげつない匂いがした。ミヨウが軟膏に対し物凄い顔をしていれば、細槍を何本も使って作られた担架のようなものに座った姉が口を開いた。


「上からは、逃げてまいりました」


 情けない助けを求めて数十分後、姉共々救出されたミヨウは青年の連れていかれるまま歩いていた。姉の容態をみた青年はミヨウ達に水分と軽めのパンを渡した後、細槍で横になれる大きさまで担架を組み上げると、姉をそこに寝かせた。空飛ぶ担架で姉はしばらく横になっていたが、気分が良くなったのか少し前から座って森の景色を楽しんでいた。森の中で待たせていた時よりも顔色が良い事に、ミヨウ少しはほっとしていた。


「逃げて、なんで中層のダンジョンの深層部なんかに辿り着くんだ」

「え!? ダンジョンなんですかここ!?」


 ミヨウが軟膏を塗りながら青年へ問いかけると、青年は何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げた。


「ここは中層のダンジョン深層部。だけど、わりと浅めなところ。俺は、あんたが勝手に槍を抜きそうになってるのを見て槍飛ばしてすっ飛んできたら、何故か要救助者二人を見つけることになったんだ」


 ミヨウが軟膏を塗り終えるのを確認したのか、姉と共に担架で羽を休ませていた小さな白いドラゴンは軟膏の入れ物をミヨウの手から抜き取ると、小さく羽ばたいて青年の頭へ着地する。構えていた青年の手の上へ入れ物を落とすと、自慢げに鼻を鳴らした。


「キュー、お前もう結構重いんだから頭はやめろ」

「きゅー!」

「飛んだところで居座ったらアウトだろ」


 大人しくお姉さんの相手でもしとけ、と手で追い払うと小さな白いドラゴンは不満げに担架へ戻った。拗ねて姉の手に擦り寄れば、姉は指先で小さな白いドラゴンの頭を撫でてやっていた。動物好きとはいえ、姉の高過ぎる順応力にミヨウは遠い目をした。


「最上層から荷物に紛れて逃げてきたんです。中層で一度荷物の入れ替えがあったので、そのタイミングで転がり出たものの警備員の方に見つかってしまいまして」

「荷物の入れ替え……て、端のエレベーターで一気にやるアレか? あそこからここまで逃げてきたのか」

「はい。中々スリリングでした」

「あんたの姉さん度胸すごいな」

「基本、思いついて方法を考えるのは姉ですよ。おれは補佐役というか、実行係というか」


 ほぉん、と青年は相槌をうちながら周囲を見渡す。右手をひょい、と動かすと背後に浮いていた細槍のうち二本が素早く浮き上がり、ここからでは見えない森の奥へ飛んでいくと微かにとすり、とすりと細槍が刺さった音がした。近くの木に止まっていた鳥は、突然刺さった細槍に驚いて逃げることも無く、大人しいものだった。


「あの、そういえば」

「うん?」

「あの細い槍、やっぱり抜いちゃいけなかったんですよね。抜けなかったとはいえ、抜こうとしてごめんなさい」


 殺されかけたとはいえ、ダンジョンにはそれぞれ独自のルールがある。それに触れてしまったとなれば話は別である。


「ちゃんと刺し直したし、気にするな。最上層のダンジョンの事は知らないが、このダンジョンでのルールは主に三つ」


 青年は指を一つ立てた。


「槍を抜くな」


 これは身に染みて分かった。もう二度と触らない。ミヨウは青い顔をして頷くと、青年は鼻で笑う。そして、二本目の指を立てた。


「最深部に行くな」


 露骨に危険で、面倒を見きれないからだ、と付け加え三本目の指を立てた。


「ダンジョンに入る際には帳簿に名前と所属、出てきたら成果を書け」

「……なんか、毛色変わりましたね?」

「俺がダンジョンを管理するようになってから追加した項目だからな……」


 青年はなぜだか遠目をしたが、ミヨウや姉が首を傾げている事に気が付くと元に戻った。


「中層のダンジョンはとにかく緑が深い。規模的には下層の方が大きいだろうが、見通しの悪さで言ったら多分一番だろう。だから迷子が多発するんだよ、このダンジョン。師匠はほっとけばいいと放任するタイプだったが、俺は放置した後で腐りかけた冒険野郎の死体を見て管理するのが精神衛生良いと判断した」


 ふと、川のせせらぎが聞こえてきた。青年は水を組んでくるから待ってろ、とミヨウと姉と小さなドラゴンを置いて森の奥へと消えていった。


「殺されかけたけど、良い人だね。ちょっとつっけんどんで、目付き鋭いけど」


 蛇っぽいよね、と目元を指で吊り上げミヨウが苦く笑いながら言えば、きゅ! と小さなドラゴンが鳴いた。同意と呆れの声が混ざっていたような気がする。


「そうね。危ない人に目を付けられたら寝覚めが悪いくらいには」

「……また何か企んでない?」

「企むだなんてそんな、うふふ。けほっ」


 最上層から抜け出そうとした時と同じような目の色をしているのを見て、ミヨウは肩を竦めた。どうしよう、内容によってはほんとに上手く立ち回らないとあの人が大変だ、と思ってふと思い返す。


「あれ、あの人の名前まだ聞いてない……」


 助けてくれた事から流れるままに身を任せていたが、お互いに名乗りあってすらいない。これが兄にバレたらと思うと背筋が寒くなったミヨウだったが、青年が満タンになったらしい水筒を小脇に抱えながら帰ってきた事により思考を今へ戻した。


「とりあえずお姉さんが持ってな。まだ咳き込むんだろ」


 槍の担架の世話になってからはあまり咳き込むことは無かったと思う。しかし、無理してむせないようにと姉が息を細く吐いていた事が、青年にはバレていたらしい。姉はきょとんと目を丸くしていたが、バレていたなら仕方がない、と言わんばかりにはにかんだ。


「ありがとうございます」


 ん、と小さく返事をした青年は、何故か上機嫌になった小さなドラゴンに再び頭を占拠されていた。


「きゅ!」

「そんなんじゃねぇよ、キューはお姉さんの看病でもしてろ」

「きゅー」

「はいはい、あんまり生意気言ってるとスペクターと留守番させるぞ」

「きゅ」


 青年と小さなドラゴンの不思議なやり取りを見ていると、視線に気が付いた青年は小さなドラゴンをミヨウに向かって飛ばした。小さな白いドラゴンは、うきうきとした様子でミヨウの頭の周りを羽ばたく。小さい割に強烈な風圧にミヨウの髪の毛はぐしゃくしゃになっていた。


「どわぁあ!?」

「きゅー!」


 一通りミヨウをいじって満足したのか、小さなドラゴンはミヨウの鳥の巣のようになった頭に着地すると、そのまま素の手入れをするようにゲシゲシと髪の毛を掻き回す。ミヨウは地味に頭皮へダメージを喰らった。


「悪気は少ししかないから好きにさせてくれ」

「少しはあるんすか」

「悪戯程度の悪気だな」


 一通り満足したのか、小さなドラゴンは姉の隣へ戻った。姉に懐いているというよりも、青年の言葉通りに看病という気持ちが強いのだろう。


「そいつは、キュー。きゅーきゅーとしか鳴かないからキューだ」

「んな安直な」

「あんた達は?」

「え?」

「名前。聞いてなかった」


 周囲の風景は、いつの間にか深い森の中ではなく森の中の街道といった雰囲気になっていた。時折森の中に逸れる道も見受けられたが、薄暗くなってきていた日射しによって奥までよく見えなかった。

 青年はミヨウ達を見ず、視線を森の中へ移していた。青年が手を伸ばし、指をヒョイと下から上へ動かす。すると、森の中から細槍が一本飛んでくると、青年の周りへ戻り漂い始めた。

 先程とは逆の動作をする青年の動きを疑問に思いつつ、ミヨウは口を開く。が、声を発する前に姉が答えていた。


「私はフタバ。こちらの弟はミヨウ。改めまして、助けていただきありがとうございます」


 こういう時ばかりは、姉の丁寧な社交性が光る。己はとんと苦手であるから助かるなぁ、と思いつつもミヨウは姉と同じタイミングで会釈をした。

 すると、青年は物珍しそうに二人の行動を見ていた。


「あの、なにか……?」

「いや、最上層の人間ってほんとに丁寧なんだな、というのと」

「というのと?」

「あんた達、落ち着くと顔そっくりなんだな」


 そう言われ、ミヨウはフタバと顔を見合せた。途端、同じタイミングで吹き出す。青年には、笑った顔が完全に同じに見えた。


「双子ですもの。似ているところはありますわ」

「双子なんです。似ているところはありますよ」


 うっかり同時に話せば、青年は顔を顰めた。


「うわっよく分からんところでシンクロしてくる」


 こわいこわい、と青年は肩をすくめる。その心情を表現するように、中空に浮いていた細槍達も壁を作るように整列していた。


「それで、貴方の名前は……」


 と、ミヨウが問いかけようとした時だった。


「どういうことなんだ!?」


 森を抜けた街道の先、丁度森に入る手前に店を構えるようにしてある簡単な小屋から怒鳴り声が聞こえてきた。途端にキューが嫌そうな顔をしたのを、フタバは見ていた。


「……なんでこう午後から騒がしいかね、今日は」


 青年はため息をつくと、「その担架に乗ってれば小屋まで着くから」と、指さした方向に小さく見える小屋を示して声の方向へ走っていった。その後をキューはついて行くことは無かった。あくまでもフタバの看病が大事らしい。

 指さした方向を見れば、ぽつんと街道の端にある小屋が一つ。しかし、双子は視線を交わすまでもなく、別方向へ向かおうとしていた。


「ごめん姉さん。気になるから見てくる」

「何か困っていたら助けてあげて」

「そっちはちゃんと休んでてよね」


 フタバの「キューちゃん、小屋に向かいましょうか」という声を背後に、ミヨウは青年を追いかけた。開きっぱなしになっていた扉の中では、冒険者風の三人と、宙に浮く羽根ペンとインク壺と紙が勝手に飛び回りやかましい事になっていた。


「へ……?」


 ミヨウが思わぬ光景に間抜けな声をあげれば、冒険者風の男が投げたポーションがミヨウの顔目掛けて飛んで来た。思わず目を瞑り固まっていれば、入り口で様子を見ていたらしい青年が手に持った細槍でポーションをたたき割っていた。おかげでミヨウに怪我は無いが、頭からポーションを被ることとなった。青年からの、「なんでいるんだ」という視線のおまけ付きである。


「今日の成果がこれだけしか受け付けないたぁ、どういう事だ!?」


 背後では、仲間らしき二人が宥めるような怯えるような仕草で怒鳴る男を抑えている。その怒鳴り声に負けじと音を出すのは、駆けつけた青年ではなく物凄い勢いで紙に何かを書く羽根ペンだった。荒々しい文字で書き上げたそれは、勢いよく怒鳴り散らす男の顔面へ突きつけられた。


『これらのよけた素材は、最深部でしか取れないものだ。勝手に入った事による責任はとってもらう』


 文面を読んだ男は更に声を荒らげた。


「どこにそんな証拠があるんだよ!?」

「証拠もなにも、そいつがそう言ってるならそれが正しいんだよ」


 青年が呆れたように男へ声をかける。乱暴に振り返った男は青年の顔を見るなり顔を青くした。


「い、いやこれはその……!」

「何度か見た顔だな。許可された探索範囲が広がって調子に乗ったってところか」


 青年は、未だに荒々しく紙やら羽根ペンが飛び回る場所へ歩いていくと、カウンターへ回り込み傍にあった椅子に座り、脚を組んだ。顔を青くした男の背後にいた二人はさらに青い顔をしている。どうやら、青年にバレたくなかったようだった。


「スペクター、今日の成果リスト全部出してくれ」


 途端に紙に再び荒々しく文字が書かれて青年の顔の前に突き出される。


「『自分でやれ。もう帰る。』……お前、明日はどうするんだ?」


 途端、浮いていたものはその場に落ち、どこからともなく乱暴な鈴の音が二回鳴り響く。小屋の中を覗くミヨウの隣をとんでもない冷気と微かな鈴の音が通り過ぎていった。その寒さに思わず肩を抱いて身を震わすミヨウを青年はちらりと見ながら、カウンターの端に何枚か重なった紙をペラペラとチェックする。

 蛇に睨まれた蛙のような冒険者三人を前に、青年は机の引き出しの中からペンとインクを取り出すと、何かを書き足して三人の前に出す。くるり、と相手から見やすいように回転させると、その場を見渡してから話し始めた。


「まず、今出した結果に変更は無い。許可された範囲での成果は持って帰っていい。ただ、今後の行動範囲に関しては少し考えさせてもらう。三日待て。以上。解散」


 そう言うと、青年は紙といくつかの素材をポイポイと冒険者達へ投げ付けると、細槍で背をつつかせて小屋から追い出してしまった。

 バタン、と扉が閉まると同時に静まり返る小屋の中。青年の深いため息が響いた。


「とりあえず、タオル貸すからそのポーション塗れの頭拭いてくれ。あと、そのとっちらかったペンとか紙とか片付けるの手伝ってくれるか……?」

「あ、はい」


 青年の顔には、めんどくさいと書いてあるのが手に取るようにミヨウには分かった。というか多分これは誰でも分かる。そのぐらい面倒そうな顔をしていた。

 ポーションを拭き、貸してもらったタオルをカウンターへ戻した。ミヨウと共に床へぶちまけられた筆記用具は、なんとか元の位置に戻った。こういうことが何度もあるのか、インク瓶は割れにくく、蓋は丈夫で飛び散らないものになっていた。


「はぁ、悪いな。助かった」

「いえ、こんなことでよければ」

「こういう事になりそうだったから見せたくなかったんだよ……」


 カウンターの上へ腰の大きなポーチやグローブなど、森に入る為の装備をポイポイと投げ出す。一通り装備を外すと大きく伸びをして、盛大に息を吐いた。中空に浮いていた細槍は、黒い大きな筒の中にいつの間にか仕舞われていた。明らかに森で動かしていたものより、今ここにある本数が少ないのだがどういうことだろうか、とミヨウは首を傾げるも、今重要なのはそこでは無い。ミヨウは項垂れる青年へ向き直った。


「はぁ〜。明日は一日缶詰か……。憂鬱だ……」

「えっとあの、どこから聞いていいのか分からないんですけど、何にお困りなんですか?」


 青年はミヨウを見て一瞬呆けると、くつくつと腹を抱えて笑いはじめた。


「え、あの」

「いや、悪い。違うんだ。ほんとに最上層の人間って、親切だし丁寧だし、ここまで噂通りなのかって面白くて」


 青年は一通り笑い終わると、神妙な顔をして言った。


「俺はな、帳簿計算が苦手で困ってるんだ」

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