第219話 土と蜘蛛(7)

 破られた扉の方向から聞こえる声に、全員が注目をした。そこには、一人の少女が歩みを進めていた。純白のワンピースに長い黒髪と大きな黒い瞳。避暑地で涼を過ごすお嬢様といった印象である。


「雪神、このような所まで、いったいどうしたのじゃ」


 みなもが声を上げると、紗雪さゆきは笑みを浮かべて駆け寄り、みなもの手を握った。


「みなものめいを受け、差し出がましいと知りながら、ここに参上しました」


 紗雪が、嬉しそうにみなもから送られた短冊を掲げた。


「紗雪、白新地を離れても良いのですか?」


 陽向ひなたが身を案じて聞くと、実菜穂も『そうだと』目を大きくした。


「はい。勿論もちろんここにいることが、表沙汰おもてざたになれば、私はただでは済まないでしょう。でも、それは、あちらさんも同じこと。己の所業しょぎょうを表沙汰にすることはできませんので、私を、ここに存在していないことにするでしょう。とはいえ、目立つことはできませんので、陰ながら、お支えするだけです」


 見た目とは裏腹にサバサバとし、大胆な紗雪の行動に、実菜穂と陽向は、改めて紗雪の魅力に惹かれていた。


「すまぬが、雪神。先ほどの言葉の意味を教えてくれぬか」


 みなもの一言に、紗雪は優しい笑みのまま「はい」と答えた。


裏鬼門うらきもんを仕切る龍神りゅうじんと化した六柱が行おうとしていることは、土の神の御霊と土の神の巫女の御霊を持つことで、みなもを迎え撃つことです」

「えっと、神の御霊と人の御霊を持つ。それって、もしかして、紗雪と同じ感じってことかな。てっ、それは神霊同体しんれいどうたいだよ」

 

 実菜穂が声を大きく上げ、驚いているリアクションに、かすみ琴美ことみもその重大さを理解した。


「はい。ご名答めいとうです」


 紗雪は、その様子を見ながらクスクス笑っていた。


「紗雪、何をそんなに笑うのですか?」


 事の重大さに対し、面白そうに笑う紗雪に、陽向ひなたがその真意を聞いた。紗雪は、口を押えながら笑うのを、必死でこらえた。人と同じように笑う可愛らしい紗雪の姿に、霞と琴美も惹かれていった。


「だって、可笑おかしいじゃないですか。人を恐れ、人に呪をかけ、人を消そうとしている神が、人の力にすがろうとしているのです。敗戦まっしぐらに突き進む将が取るような、信念も理念もない間に合わせの行動。どれだけ自分たちが追い詰められているのか、わざわざ教えてくれているのですから。それで、つい笑っちゃいました」


 天上から見通したような紗雪の言葉に、実菜穂たちは自分たちも全体像が見えてきたように思えた。


 実菜穂の冷静になった顔つきを見て、紗雪は軽くみなもに頷き、言葉を続けた。


「ああっ、そうそう。詩織しおりの御霊を戻すことでしたね。確かに、死神が言ったとおり、人の御霊はもろいものです。一度、壊れると戻ることはありません。ですから、死神もユウナミの神も御霊を丁重ていちょうに扱うのです。それは、実菜穂、陽向、琴美も経験しているでしょ」


 紗雪の問いかける瞳に、三人は頷いた。


「ですから、人の御霊が六つに分けられたら、戻すことができません。ですが、神の御霊は違います。欠けるものがなければ、神の御霊はもとに戻せます。だとすれば‥‥‥」


 紗雪は、実菜穂をみなもの前に連れてくると、実菜穂を両手で包ませた。


「六つに分けられたハスナの神の御霊に、六つに分けられた詩織の御霊を包ませ、それを一つに戻せば、神の御霊と一対になり、詩織の御霊は蘇ります。これも、神霊同体のなせるわざです。当然、アサナミの神とユウナミの神のお力が必要になりますが。すでにユウナミの神には、れんによって手はずを伝えています。アサナミの神にも伝わることでしょう」

「その手があったか」


 死神が、いままで経験がない御霊の技を知り、瞳を輝かせた。紗雪が、再び頷いた。


「ただ一つ、注意しなければならないことがあります。六柱を討ち、御霊を無傷で取り戻すことが必要です。それで、こちらも有利に戦えればと思い、お伝えします。裏鬼門に入るには神霊同体に成らないと入れません。まあ、他の神に知られて困るのは、天上神の方ですから、助けが入らないようにすることに必死なのでしょう。それと、龍神と化した六柱の天上神の正体ですが、星の神、雷鳴らいめいの神、古樹桜こきざくらの神、狭間はざまの神、朝霧あさぎりの神、巨盾きょじゅんの神です。そして、大鉤おおかぎと、この地を治めた七番目の龍神が控えています。これを、潰せばこの地は解放されるでしょう」


 紗雪は微かな笑みを浮かべて、語った。


「紗雪は、どうしてそこまで知っているの?」


 実菜穂が、呆気に取られていた。


「外から見ていれば、全て分かるものです。私は、天上、地上の事には関わることが許されませんので、ずっと見ているだけでした。でも、みなもが動けば、話が変わります。僭越せんえつですが、朝霧の神と巨盾の神は、私の方で片をつけます。この二柱は、土の地と田の地の裏鬼門の神です。あとの四柱、お任せします」


 紗雪が実菜穂を見つめた。その瞳は、『みなもを頼みます』と伝えていた。実菜穂は、深く頷いた。


あわの神よ、この書をアサナミの神に届けるのじゃ。代わりに儂らは、土の神と巫女を助けよう。どうじゃ、やるか」

「はい。お仰せのとおりに」


 みなもが粟の神の憂いを祓うように見つめながら、書を差出した。粟の神は深く頭を下げて受け取ると、姿を消した。

 

「もともと裏鬼門は、閉じねばならぬ場所じゃ。いまより、六柱討伐を決行する」


 みなもが声をかけると、火の神、シーナ、死神は頷き、オーラをみなぎらせた。

 霞は、シーナの強く美しく靡くなびオーラに、風の神の姿を見ていた。

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