第220話 巫女と神(1)

 みなもの発した言葉に、三柱は頷き従った。アサナミの神より、受けた神命しんめいに対してのみなもは下した決断だった。この決断に、神命を受けた三柱が従うことは、大きな意味を成していた。というのも、【討伐とうばつ】とは、問答無用もんどうむようで相手に攻め入ること。つまり、御霊みたまを討つことであり、神にとっては力を奪われることである。まさに神としての存在が消滅することであった。それゆえ、アサナミの神命の第一は、神謀かむはかりで裁くことであり、討つことは最後の手段としていた。


 みなもは、討つことを選んだ。みなもの真意は、ここにいる三柱は承知していることであった。それに従うということは、火の神、死神しがみ、シーナもまた、人を護るために、神へ戦いを挑むことを意味した。


 死神が詩織しおりの身体を見ていた。


「言っておくことがある。詩織は御霊がない状態で生きている。だけど、この場所では身体は、もって二日だ。それ以上は、生命活動の維持ができない」

「えっ、でも琴美ことみちゃんは、一年以上も頑張っていたよ」


 実菜穂みなほが詩織の顔色を確認すると、高い声を上げて死神を見た。


「あれは、環境が整っている場所だから。でけど、ここは身体を助けてくれる物はない。しかも、周りには物の怪のたぐいもいる。捕まればそれまでだ」

「琴美ちゃんは、病院という安全な場所だったから、身体が保てたということ」


 陽向の言葉に死神は頷いた。


「それならば、なおさら時はない。悠長ゆうちょう四柱よんばしらが、顔をそろえて行くわけにはいかぬ。雪神ゆきがみ、お主に甘える。土、田の地は頼む。残りの沼、野、山、川の地は、儂ら各個かっこで討っていくのじゃ。それで、本丸の沼の地におる第七の神を引きずり出す。よいな」

「承知!」


 火の神、死神、シーナが声を合わせた。


「各個、どこを討つかじゃが」

「みなも、頼みがある。山の地の裏鬼門うらきもんは私が閉じる」


 死神がみなもを見ると、裏鬼門の方向に視線を移した。


「山の地は、古樹桜こきざくらの神。太古神たいこしんの力をもつ神じゃないか。いきなりの強敵。何か理由があるのか?」


 滅多に自己主張をしない死神が真っ先に声を上げたことに、火の神は驚いていた。シーナが火の神の驚く顔を、グイッと押さえ込んだ。


「あのね。オスマシがせっかくやる気になっているんだから、黙ってやらせればいいのよ。あんたもオスマシの性格、知ってるでしょ。理由聞くなんてやる気をそぐだけで、野暮やぼってものよ」


 無理やり納得させるシーナの話し方に、火の神は「ムググ」と口を閉じてしまった。


 チラリと瞳を輝かせたシーナに、死神は静かに瞳を閉じた。


「まあ、死神は決まりじゃの。でっ、風はどうする」

「わたしは、まあ、沼を片づけて、みんなを待ってるよ」


 シーナが「フーン」と笑いながら、死神の横に舞い降りた。


「残るは、野と川じゃが。火の神はどうするのじゃ?」


 火の神は、どちらが強敵なのか考え込んでいた。戦いをしようというのにおかしなことであるが、みなもには、できれば少しでも楽に戦ってもらいたいと思っていた。


(野の裏鬼門を護る神。雷鳴らいめいの神は、法術の類をあまり使わないであろう。あいつにとっては、苦しいか。なら、川の裏鬼門うらきもんを護る神どうだ。狭間はざまの神。攻撃的な技は持たないと聞く。ならば、あいつは、少しでも無理なく戦えるか)


「俺は野に行く」


 眉を寄せ、難しい顔をしていた火の神が、みなもに頷いた。


「分かった。儂は、川の地の裏鬼門を閉じる」


 三柱は頷いた。


「決まりましたか。それならば、こちらに気を回すことなく力を注げるよう。お手伝いをします」


 紗雪は詩織の身体に手をかざすと、透明なベールがフワリと詩織を包み込むと、壁となった。


「いま詩織は雪の壁の中にいます。物の怪はおろか、神ですらこの身体に触れることはできません」


 紗雪が優しく笑みを送ると、みなもは、瞳を閉じて礼を示した。


「これより、ナナガシラの裏鬼門を閉じに行く。裏鬼門には、神霊同体しんれいどうたいに成らなければ入ることができぬ。皆、準備はよいか」

「はい」


 実菜穂みなほ陽向ひなたかすみ琴美ことみが、みなもを見つめて返事をした。


「では、参るぞ」


 みなもが実菜穂の後につくと、火の神、シーナ、死神がそれぞれ、陽向、霞、琴美の後ろについた。


 巫女たちが首のあざに手をかけると、声を上げた。


「神霊同体」


 四つの光が辺りを照らすと、体育館の屋根を突き抜け空へと輝きを放っていた。





 ナナガシラより放たれた光を見ている少女がいた。静南である。


かすみが神を討つのか」


 空へと伸びる光は、この地で命を散らした巫女たちの反撃の狼煙のろしのように輝いていた。

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