第218話 土と蜘蛛(6)
水色の光を浴びるアワ
「わっ、みなも、蜘蛛の姿が変わったよ」
「アワ蜘蛛とはよく言ったものじゃな。実菜穂、これは神じゃ。長きにわたり呪を受け、蜘蛛の姿に変えられておった。
自分の姿がもとに戻ったことを知った粟の神は、身体を見みながら、自分の顔を撫でていた。
「呪がとけた。もう二度と戻ることはないと、思っていたが‥‥‥」
震え、涙を浮かべる粟の神を、みなもは、表情を崩さずに見つめていた。
「感慨深いところ、邪魔をするが。お主には、二つしてもらわねばならぬことがある。一つは、
みなもの表情からは、笑みが消え、微かながら怒りを持った瞳をしていた。いつもの、みなもであれば、哀れ、慈しみ、憂いを持った安らぎのオーラを纏っているのだが、このときばかりは違っていた。何に怒りが向いているのか、実菜穂は、まだ分かっていなかった。だが、確かにみなもは、怒っているのだ。実菜穂にとって、初めて見るみなもの姿だった。
みなもの瞳を見ながら、粟の神は優の御霊を胸から取り出すと、死神に差出した。死神は御霊を受け取ると、胸当ての中にそっと仕舞い込んだ。
「次じゃ。なぜ、詩織の御霊は奪われたのじゃ。その前に、奪った者じゃが、あやつが、
みなもが短冊を取り出すと、床にピッと放った。短冊はコールタールのように黒光りしながら、ドロドロの状態になって朽ちていた。
「大鉤は、儂が詩織の前に張っておった予防線を簡単に切り割いて、御霊を奪っていきおった。そのあとに残したのが、この恨みの塊じゃ。こやつ、本当に神か」
「お前の水の気がそこまで
火の神が、朽ちた短冊を見ながら、みなもを心配してアチコチ眺めて無事を確認していた。みなもは、火の神を制するように粟の神の方にスルリと寄った。
「火の神、構うな。儂は何ともない。さあ、粟の神、話してもらおう」
みなもの言葉に、粟の神は全てを語った。粟の神は、
その後、大鉤はナナガシラから姿を消した。次に姿を現したときは、右眼を失い、無数の傷がある身体と醜悪な瞳になっていた。
「私は、ハスナの神の力を取り戻すために、巫女となる者を連れてきた」
「それは、分かっておる。じゃから、
みなもの重く研ぎ澄まされた声が、体育館に響いた。ここにいる人と神は、まるで監督から注意を受ける選手のように固まって声を聞いていた。
みなもの言葉は、人の命、人の御霊が無残に奪われようとしていることに対して、神に放たれていた。実菜穂、陽向、霞はおろか、火の神、シーナまでが身を固くした。
「申せ。人に呪をかけてまで消そうとしているのに、神の御霊を奪い、何ゆえ人の御霊まで奪ったのじゃ」
「理由は、この地の秘密を守るため。お前たちを消すためだ。ハスナの神の御霊をもつ六柱は、その巫女の御霊を持つことで、対抗する力を持とうとしている。大鉤に襲われ、そのことに気がついた」
粟の神は、深く悲しみの眼をすると、みなもの前に手をついて。
「全ては、私の責め」
悲しみに暮れる粟の神を前に、みなもは、それ以上、言葉を続けることはなかった。
「ねえ、まって。ハスナの神の御霊は六つに分けられているのよね。詩織ちゃんの御霊も、同じようになるの?」
「実菜穂さん、それはどういうことですか?」
実菜穂が口走ったことについて、霞は意味が分からずに聞いた。
「あっ、神様の御霊は、どうなのかよく分からないけど、人の御霊なんて分けたら元に戻せるのかなって思って」
「神の御霊はアサナミの神によって、欠けている所がなければ戻せます。ですが、人の御霊はユウナミの神の力をもってしても戻せません。人の御霊はそれほど
実菜穂が慌てて説明すると、琴美が静かに目を伏せて答えた。神にとっては、周知のことなので、この場で驚いたのは実菜穂、陽向、霞であった。
「そんな。じゃあ、詩織さんは、もう戻らないの」
実菜穂が叫んだ。このとき、みなもが怒っていた理由が分かった。
(みなもは、これを見通していたんだ。詩織さんが、目覚めることがないかもしれないことを、あのとき感じていたんだ)
実菜穂が呆然とするなか、虚無の時間が体育館を覆った。
「大丈夫ですよ。御霊は、元に戻せます」
虚無の時間を祓うように、破られた扉の方から声が聞こえた。
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