第217話 土と蜘蛛(5)

 シーナが、ハァーとため息をつくと、ニャハと笑顔を見せた。


「いやあ、分っちゃったかなあ。わたし、ここに来たことあったのよね。人には興味ないけど、なあんか面白そうだから。みんな連れてきたんだけど。あっ、オスマシは呼んでないかなあ」

「おまえ、何ということを!」


 火の神が詰め寄ると、シーナはヒラリとかわした。掴みどころがない態度は、相変わらずであった。


(シーナ、人に興味ないって村の人たちが苦しんでるのに。呪で人が消えていくのに。どうして、そんな風に言うのかな)


 かすみの心に切なさがあふれ、悲しみの表情を浮かべると、実菜穂みなほががそっと肩を抱きしめた。


「霞ちゃん、シーナは本音を語っていないよ。みなもは、シーナと生まれたときから一緒だったんだよ。みなもは、シーナの気持ちは理解しているよ。だから神命を受けてまで、ここまで来たんだよ」

「それは‥‥‥?」


 霞はシーナとみなもが、見つめ合っているところをジッと見ていた。微かに笑みを浮かべる、みなもに、シーナは、『何か不満でもある?』と言いたげな表情で笑っていた。だが、これはシーナの意地であった。シーナは地上の太古神だ。天上神である、みなもへの精一杯の強がりと言ってもよかった。


(そうだよ。いいんだよ、これで。わたしは、フワフワのお気楽な風の神。風は人には関わらないもの。みなもの前では、その姿でいたい)


 フワリと浮かび、上から見下ろすシーナを、みなもは瞳を光らせることなく、静かに見ていた。


「お主は変わらぬのう。フワフワのままじゃな」


 シーナの強情ごうじょうさに笑ったみなもが、ヤレヤレと首を振ると、シーナがフワリと舞い降りてきた。



 ガシャーン! 

 バーーーーーン!




 突如とつじょ、体育館の扉が吹き飛び、黒い物体が中に転がり込んできた。


「何事だ! こいつは」


 火の神が、みなも達の盾になるように前に出ると、黒い物体の正体を見極めた。転がり込んできたのは、またしても蜘蛛であった。


「おい、これは」

「アワ蜘蛛じゃな。ボロボロではないか。それに、何かを抱いておるぞ」


 みなもが、傷だらけのアワ蜘蛛の側に行くと、大切に護るように抱いているものをみた。


「これは、詩織しおりじゃ。実菜穂みなほ陽向ひなた、助けよ」


 みなもの後ろにいた実菜穂と陽向が、アワ蜘蛛の懐から詩織を抱えだした。

 

「ちょっ、詩織ちゃん、どうしたの? 大丈夫‥‥‥じゃないみたい」


 意識が朦朧もうろうとし、視線が合っていない詩織を見て、実菜穂が優しくじたいを撫でた。実菜穂のオーラが、詩織の意識を取り戻していった。


「実菜穂さん、陽向さん。ここは?」


 ハッキリとした表情になった詩織が、状況を把握しようとしようと、周りを見渡していた。


「アワ蜘蛛、これはどうことじゃ。なぜ詩織が、お主と一緒にこの場におるのじゃ。まさか、お主!」



(‥‥‥!?)



 みなもの言葉が終わる前に、火の神、死神しがみ、シーナが一斉に異様な気配を感じ、破られた扉の方をにらみ、構えをとった。


 扉から黒い翼を持った男が入ってきた。身体には無数の傷があり、髪は逆立ち、眼はつり上がっていた。さらにその眼が放つ光は、挑発するかのように見る者をイラっとさせた。


 それは、ほんの一瞬の出来事であった。黒い翼を持った男は、火の神には目もくれず、一直線に詩織の方に突き抜けていった。詩織に取り憑いたかと思うと、胸の奥をえぐるように右腕を突き刺し、一気に引き抜いた。その引き抜く手には、白い光が糸を引くように流れていた。


 死神は、瞳を光らせるのと同時に、大鎌を振るい、白い光を断ち切った。男は、死神を睨むと、ニヤリとしてそのまま壁をぶち破り去って行った。


「死神、あなた、なんてことを」


 シーナが死神に詰め寄ると、怒りの表情で肩を掴んでいた。


「待ってください。死神のやったことは、正しいんです」


 琴美ことみが、死神の前に立ち、シーナを説得した。


「正しいって? いまの見てたでしょ。あいつが、抜き取ったのはこの子の御霊だよ。それを、わざわざ切り取って、引き渡す手伝いをオスマシはしたんだよ」


 納得のいかないシーナが、怒りを露わにして、声を上げた。初めて見るシーナの姿に、霞はどう仲立ちをすればいいのか迷っていた。


「やれやれ。人に興味がない神が、どうしてそこまで怒るかのう」


 みなもが、霞の横を通り過ぎながら、ポツリと呟いた。みなもの言葉で、霞はシーナの本音を見ることができたことに、瞳の奥が熱くなった。


「風よ。琴美の言うとおりじゃ。死神が、御霊を切らねば、詩織は息を引き取っていた」

「みなも、どういうこと?」

 

 実菜穂が倒れている詩織を労りながら、聞いた。


「あのまま男に御霊を引き千切られておれば、詩織は息を引き取っていた。じゃが、一瞬の判断で、死神は、御霊を綺麗に切り取った。相変わらず、見事な切り口じゃの。寸分のゆがみもないの。おかげで、詩織の身体は生きている状態じゃ。ほれ、琴美のときと同じじゃ」

「なるほど! じゃあ、それなら」

「そうじゃ、御霊を取り戻せば、詩織は目覚める」


 実菜穂と陽向が、相槌をうって納得した。



「はぁ~。オスマシも黙ってないで、それならそうと早く説明してよね」


 シーナが微かではあるが、安心したという表情を見せていたのを、霞は見逃さなかった。


「さて、アワ蜘蛛よ。これはどういうことじゃ。時はないが、説明してもらうぞ」


 みなもがアワ蜘蛛の身体に手をかざすと、傷が癒えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る