第208話 愛情と情愛(3)

 静南しずなひとみかすみを捉えている。霞もまた左手を顔の前に掲げ、半身はんみになり構えた。格闘技など霞は習ったことはない。これは、風の神の巫女となって自然に身いついたものであった。神霊同体しんれいどうたいを経験したことで、技を受け継いだのだ。巫女が巫女たる所以ゆえんであり、そのまま霞の感性が鋭いことを意味していた。


(初めて会ったときと様子が違う。ここで少しは成長したということか。だが、経験値なら私の方が圧倒的だ。首を繋いでも引きずりだすよ)


 静南の眼が光ったと同時に、左手の鎖が音もなく霞に伸びていった。

 

(来た!)


 霞は、鎖が届く寸前に飛び上がり避けた。


「逃がさない」 


 ちゅうに逃げた霞を追い鎖はグイッと伸びていった。向かってくる鎖を見据え、霞が宙で半身捻ると背にしていた夕日の光が静南の瞳を照らした。


羽切はねぎり!」


 静南が一瞬、動きが止めたそのときを狙い、霞は腕を振りぬくと、羽手裏剣はねしゅりけんを放った。羽は静南の腕と肩を狙い飛んできたが、撃ちぬかれる寸前に鎖が身体に巻き付き、鎧の役目をした。


「くっ、小賢こざかしい真似を」


 夕日に照らされた静南は、地面に鎖を叩きつけると土埃つちぼこりを巻き上げて光を遮った。


(あっ、見えなくなった。でも)


 霞の瞳が風の神の眼になった。緑色に輝きを放つと、見るもの全ての色が脳に直接入り込み、土埃一粒の色でさえ違いを把握できた。色で見れば影が浮かび、静南の居場所は直ぐに分かった。静南は夕日を避け、霞の側面そくめんに回り込んでいた。


「今度は逃がさない」


 静南が両手の鎖を伸ばし、霞を挟み撃ちにして追い込んでいった。


(この鎖に捕まったら、危険だ)


 ギリギリのところで身体を回転させ、霞は器用に避けていった。


(ふーん。以前よりかは動きが素早くなったな。だけど、逃げてるばかりじゃ、いずれは)


 静南が両手の鎖を一度切り飛ばすと、新しい鎖を放ち、再び切り飛ばした鎖を腕に巻き付けた。これを何度か繰り返し、静南の両手からは十本の鎖が放たれていた。鎖は両側から霞の頭上へと伸びると、投網とあみのように覆いかぶさってきた。


「フン。終わりだ」


 静南が笑みを浮かべながら、鎖に取り囲まれる霞を見ていた。霞は襲い来る鎖の網を見ていたが、鎖に囚われる前に姿を消した。次に姿を現したのは、鎖の網をすり抜けたあとだった。


「なっ、瞬間移動か。でも、そいつからは逃げられないよ。どこまでもお前を追っていく。宙にいては、どこにも逃げ場はない」


(この鎖はオーラそのものを狙い、捕らえに行く。見せかけの技など通じはしない。瞬間移動などすぐに捕まえてみせる。霞、お前の居場所などオーラを辿たどって瞬時に分かるよ)


 静南が避け続ける霞を見上げている。


 十本の鎖が生き物のように霞を捕らえようと、次々に襲い掛かる。霞は瞬間移動を繰り返し避けていくが、鎖は四方八方から襲い続け、徐々に霞を中心として間合いを詰めていった。


「止めだ! 霞」


 静南の声とともに、霞をグルリと囲んだ鎖が一斉に中心に向かい突き刺しにかかった。鎖が突き刺す寸前、霞の眼が強く光った。


「やったか‥‥‥手ごたえが無い」


 静南が鎖の先に意識を集中すると、霞のオーラが消えているのが分かった。だが、それも一瞬のことだった。霞は直ぐに姿を現した。霞を中心に円状に取り囲んでいた鎖から抜け出し、円周上から伸びている一本の鎖の側に霞はいた。すぐに鎖は反応するが、霞の身体は二体目が二本目の鎖、三体目が三本目の鎖にと次々に増えて最後には十人となっていた。


「まやかしの技などこの鎖には通用しない。すぐに本体など見抜く‥‥‥!?」


 軽く笑い飛ばした静南であるが、鎖の反応に表情が固まった。鎖一本、一本が側にいる霞に反応しているのだ。全ての霞がオーラを持っているということである。


「なんだと。バカな! これは実体を持った分身だとでもいうのか」


 十人の霞は鎖を掴むと、右手に光を纏わせ、手刀で断ち切った。十本の鎖は鈍い地響きをさせ、グラウンドに落ちた。


 分身していた霞は、静南と真向いの一人のもとに集まり消えた。歯を食いしばり、驚きの表情で見上げる静南に向かい、霞は右手に緑色の光をまとわせ勢い良く突き出した。


 その光を見た瞬間、静南はすぐさま両手の鎖を地面に打ちつけ、一気に伸ばしていった。鎖は硬く棒状に固定されると、そのまま静南の身体を霞より高く宙へと舞い上げていった。


 霞の右手からは衝撃波しょうげきはが放たれ、空気を震わせた轟音ごうおんとともに静南がいた場所には大穴があいた。もし、静南の行動が遅ければ、いまの一撃で勝負はついていたかもしれない。


(こいつ、いつの間にこれほどの力を身につけたのだ。あの時の駄目な巫女なんかじゃない)


 静南が鉄色の瞳を光らせると、眼下にいる霞が見上げていた。

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