第209話 愛情と情愛(4)

 かすみ静南しずなの攻防をシーナはグラウンドから見上げていた。


(風の巫女としての力を使っている。霞には神の力を与えている。その力をどう使うかは巫女次第というけれど。でもあの戦い方は、わたしとは違うなあ。なんだ? 陽向ひなたでもない。実菜穂みなほでもない。霞のあの戦い方。あれは、まるであのヒヨッコをさとしているような。霞の中にいったい何があるのよ)


 シーナは、瞳を大きくして二人を見つめた。


 静南が身体を捻り勢いをつけ、霞の頭上から鎖を放った。地上から放たれた時よりも、数段鋭くなり霞に襲い掛かった。人の眼では到底とらえきれない速さである。神の眼をもってこそ、避けることができた。霞の姿が鎖の前から消えると、静南の前に現れた。


 シッ!


「……!?」


 霞の表情が一瞬くもった。鎖が腕の皮膚を切り裂き、血を飛び散らせた。


(速い。距離が近いと、一段と速く見える。たとえ見えたとしても、私の反応が鈍いから避けきれなかった。簡単には近づけない)


 距離をとるため、霞は瞬間移動でグラウンドに立った。今度は霞が静南を見上げていた。


 静南が鎖を使い再び高く跳びあがると、ちゅうで身体を捻りながら鎖を霞に放った。静南の一連の動作は、空を舞う妖精のように美しく、それでいて隙が無かった。


 霞は舞うように戦う静南の姿に心を奪われ、動きが止まっていた。鎖が霞の右腕に巻き付くと、静南は霞を宙に引き上げて地面へと投げつけた。

 

 霞は胸から叩きつけられ、「ウッ」とうめき声を上げた。


(何やってるのよ霞。動き止めたら捕まるよ。どうしちゃったのよ)


 シーナが地面に伏している霞を見ながら、いまにも飛びだしそうな勢いで前のめりになっていた。


 霞は体制を整える間もなく、再び宙に放り上げられ、今度は背中から地面に叩きつけられた。土埃つちぼこりの中、霞は静南を見上げていた。ぼやけて見える静南の姿に、ある光景が重なった。それは、ツインテールの少女が美しく宙を舞い、炎をまとった鳥や白い巨大な虎を鎖に絡め戦う姿である。


(私、思い出した。これと同じような光景を見たことある。シーナの巫女になってから、見なくなった夢だ。私をいつも大きな火の鳥や白虎から助けてくれた。そして最後にはこう言ってたよ。『お願い。あの子を間違った道に行かせないで。闇に落とさないで』て)


 霞がゆっくりと立ち上がっていく。


(そうだよ。私、分かった。あの子が誰なのか。この人と戦うとき、シーナと神霊同体に成ってはいけないように思えた。その理由が分かった。夢の中での悲しそうな瞳の意味が、分かった)


 霞が静南をゆっくりと見上げていく。


「さすが太古神たいこしんの巫女。この程度では、参らないか」


 静南が、息を切らせながら見上げる霞の左腕に鎖を巻きつけた。


「両手は封じた。これでもう逃げられないよ」


 鎖を縮め、霞を引き寄せようとした瞬間、静南の方が地面に叩きつけられていた。


(何? 何が起こったの)


 静南は自分に何が起こったのか理解できなかった。気づいたときには、地面に張り付けられていた。混乱しながらも、霞の姿を探すと、静南より離れた場所に立っていた。


(瞬間移動か!)


 鎖に繋がれて引き寄せられる瞬間に、霞はグラウンドの方に瞬間移動した。そのため、静南の方が鎖に引かれ地面に叩きつけられたのだ。


 静南は鎖を切り飛ばすと、素早く立ち上がった。



「私、鉄鎖の神の巫女に会ったことがある。あなたと同じように綺麗に宙を舞って戦っていた。その巫女は、可愛くて美しい長いツインテールを揺らして、あなたと同じ制服を着ていた。毎日、私を助けてくれた女の子は、すごく優しい眼をしていた」


 攻撃の機会をうかがう静南に、霞は記憶にある少女の話をした。


 霞の言葉から静南はそれが誰のことを言っているのか、すぐに分かった。何者よりも強く、優しく、美しい少女。静南にとっては唯一無二の存在の真那子まなこである。


 「お前、いったい何を見たというのだ」


 静南の眼が怒りの感情を帯びた色を放った。


(お前が真那子と会うことなどあり得ない)


 静南の腕から伸びた鎖がカチカチと震えていた。 

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