第207話 愛情と情愛(2)
(山の中で会って私を巫女だと見抜いた子。鎖を使って、
身体を固くする霞に、シーナが優しく肩に手をかけてきた。
「ふーん、ここに
「えっ?」
固まっていた霞の身体がピクッと動き、シーナを見た。
「まあ、察するところ。現役の巫女がいるってとこかな。何だろね、あの必死さは。
シーナはいつものように、何か含んだ笑みを浮かべている。こういう時のシーナは何か
夕日の明かりの中に浮かぶ人影が、その姿を現した。
「あなた、霞でしょ。ここを一緒に出てもらうよ。返事は聞かないから」
感情が読み取れない口調で、静南は霞を指さした。霞は、黙ったまま静南を見ていた。
(いきなり出て行けと言われても、訳わからないよ。私がここを出たら、陽向さんや実菜穂さんはどうなるの?)
「ごめんなさい。私、いまここを出るわけにはいかないよ。一緒には行けない」
霞が首を振ると、静南の眼が鈍い光を放った。
「返事なんか聞いてない。どう
両手から伸びた鎖が、静南をグルリと囲んだ。
「どうして私をここから連れ出そうとするの?」
「お前が理由を知る必要はない。いや、
霞がハッと表情を変え、静南を見た。静南の口元が初めて緩んだ。
「隼斗に会ったことあるの?」
「会った。すぐそこまで来ている。私について来れば、会わせてあげる」
「隼斗は何か言ってた?」
「霞に会いたいって言っていたよ。会わせてくれと頼まれた」
静南が霞を誘い込むように瞳を光らせる。一種の
(隼斗が会いたがっている? 私を待っていてくれている……)
「霞!」
(なによ、霞。こんな
シーナが軽く頬を膨らませると、鎖が飛んできた。シーナはそれを軽く弾き飛ばした。
「巫女でもない者が、私に挑むなんていい度胸ね」
「私は、あなたの巫女に挑んでいる。
静南がフンと笑う。
(この~、ピョピヨひよっこ巫女。口だけは達者だなあ。私を怒らせた報いを受けさせてやる)
シーナは唇を引き締め、グッと睨んだ。
霞は静南の術に掛かったままボンヤリとしている。
(隼斗が……)
霞の目の前に隼斗が現れると、後ろから抱きしめた。
『もう一度、青の世界に連れて行ってくれ。それまでは、お前の言うとおり、この街を護る。だから、お前の目的が果たせたら生きて帰ってこい』
隼斗はそのままスッと消えていった。
(私の目的って何? ナナガシラの呪いを解くこと。それに、まだ他に何か託されたような。思い出せないけど……そう、だれかに何か託されたような……)
「さあ、来て。霞」
静南の鎖が手招きをするように、霞を誘っている。霞が一歩前に踏み出そうとしたとき、静南に視線が定まった。
「違う、違うよ! 隼斗はそんなに弱くない。隼斗は、私がここを抜け出すことなんか望んでない」
霞が右手で静南の光を
「私はいま、ここを離れるつもりはないよ」
「そう? 痛めつけないで連れ出してあげようと思ったけど、引きずりださないと駄目か。それなら、力ずくでも従ってもらうよ」
静南が両手の鎖を
霞は拳を握りしめ、静南と向き合っていたが、構えを取っていなかった。
「霞!
シーナが苦虫を噛み潰したように顔をしかめると、霞は肩を震わせ、緑の瞳のままシーナの方に顔を向けた。
「ごめん、シーナ。それはできないよ」
「えっ? どうして」
驚くシーナに、霞は首を左右い振った。
「分からないけど、本当に分からないんだけど。シーナと神霊同体に成ってあの子と戦っても、何も解決しない気がする。私とあの子で向き合わないと、何か失いそうな気がするの。だから、いまはシーナと神霊同体にはなれない」
霞の瞳は、濃く緑色の光を放った。それは、シーナがいままで見たこともない美しくも強い光だった。
「分かったよ。わたしは、ここで見ている。だけど、霞、これだけは言っておくよ。もし、霞があの子にやられて死にそうになったら、わたしは遠慮なく神霊同体に成るよ。そのときは、あのひよっこは跡形もなくなるよ。それが嫌なら、あの子を助けたいのなら、霞がケリをつけて」
シーナが霞の瞳に応え、緑の瞳を見せた。その瞳は、嘘のない光を放っていた。
「はい」
霞は返事をすると、首にある隼の痣に手をかざした。
風に包まれ、霞は無数の隼を纏っていく。グリーンと白のチェック柄の前開きのエプロン姿になった霞が、スゥーッと構えをとった。
夕日が霞と静南の長い影を、グラウンドに映し出していた。
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