第206話 愛情と情愛(1)

 かすみやしろから学校へと向かっている。横にはシーナがついていた。


「まあ、私の巫女なら当然の結果だけど、霞はまだ危なっかしいなあ。躊躇ためらいを持った攻撃は自分だけでなく、相手まで余計に傷つけることになり、苦しませることになるよ」


 シーナの口調は柔らかく聞こえたが、実のところは、ヒヤヒヤさせられたという想いがかなりこもっていた。


「う~ん。まだ慣れないのかなあ。陽向ひなたさんや実菜穂みなほさんのように、上手く立ち回れたらいいけど。難しいよ」


(シーナは、何もかもお見通しか。でも、躊躇いが自分を傷つけるのは何となくイメージできるけど、相手を傷つけるってどういうことだろう)


 霞は色々と考えを巡らせた。


「ねえシーナ、どうして躊躇いは相手を傷つけるの……!?」


 霞が言いかけた瞬間、シーナの瞳が光り、手刀しゅとうが霞の首元に突きつけられた。何が起こったのか全く理解できないまま、霞は固まっていた。不意を突かれたとはいえ、シーナの手の動きは、神の眼をもってしても、霞は全く見ることができなかった。


 首元で手刀を止めたシーナの眼が、鋭く光っていた。


「いまの一撃で首をねていれば、霞は痛みも感じないまま御霊みたまを失っているよ。だけど、わたしが躊躇い、途中で手を止めれば、霞はどうなる? 血しぶきを上げながら、もだえ苦しみ続けるんだ。躊躇いは、自分だけでなく、相手も傷つけて苦しみを与える。それは優しさじゃないよ」


 霞は、突然鋭くなったシーナの気迫に固まったまま動けなかった。


 子どものようにジッと見つめる霞の顔を見ながら、シーナの表情は徐々にいつもの柔らかな笑顔に戻っていった。


「やだなあ、霞。間違わないでね。霞は私にとって、唯一無二ゆいいつむにの巫女。その巫女を護るためなら、わたしは躊躇いなく霞を傷つける者を討つ。だから、霞も戦うときは躊躇っちゃダメ。それだけだから」


 いつものようにフワフワしながら、シーナはフフーンと笑った。固まっていた霞もシーナの笑顔に表情を緩めた。


 二人は学校にたどり着いた。グラウンドはれんとの戦いでかなり荒れていた。校舎の窓ガラスは割れており、ただの廃校から廃墟となっていた。


「おーっ、これは派手にやったね」


 荒れ果てた学校を見て、シーナはワクワクと目を輝かせていた。


「これは、れんちゃんが強かったから。私一人で解決しないといけなかったし、必死だったんだよ。あ~、でもっ、これは酷いね」

「いや~。そっかそっかあ」


 霞が申し訳なさそうに、頭を下げている。シーナは荒れた学校を見ながら満足な笑みを浮かべていた。


 シーナにとって破壊とは、一つの務めでもある。だが、シーナが見ている荒れたグラウンドは、風の神の巫女として務めを果たしたということではなく、霞の必死の立ち回りを見ることができたということの方に心を躍らせていた。


「あっ、そうだ。シーナ、鬼門きもんに行く前に言ってた体育館だけど。あそこに何か閉じ込められているんだよ」


 一人でいたときは時間が無いうえ、いきなりの雄叫おたけびに恐ろしくなって逃げ出したが、シーナといることで謎を解明したいという方向に心が傾いた。


「いまは開けない方がいい。呪われた人の末路だ。もう、生きてはいない。呪いで辛うじて御霊が繋がっているだけの人だ。いや、もはや人でもない。みなもでなければ、どうにもできない」


 シーナは体育館の方をチラリと見ると、首を軽く振って沼地の方向に顔を向けた。


(ここに来てから、シーナの言葉が少しおかしいなって思ってた。私、いま分かった。シーナは、ここに来るのは初めてじゃない)


 シーナの横顔を霞は色で見ようとしたそのとき。


 キーーーーーーーーーーン


 金属を引っ張るような高く張り詰めた音が、霞の耳に届いた。


 日が沈まぬ校庭に一人の影が浮かび上がっていた。

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