第196話 巫女と見習(1)

 隼斗はやとの目の前には、銀色の袴と白の表着うわぎを身に着けた白髪はくはつの女が立っていた。背丈は隼斗と同じくらいで、小柄である。髪の色はさておき、見た目の年齢なら四十あたりというところだ。目や口元に張りがあるので美魔女とも思える魅力が感じられるが、神職しんしょく装束しょうぞく厳粛げんしゅくで格式ある光を放っていた。


「何が来たのかと思えば、天狗てんぐと男二人。朝から氏神うじがみの知らせがあったが、まさか本当に来るとはのう。天狗がおらねば、無事ではなかったな」


 女は、秋人あきと隼斗はやとの鎖に繋がれた姿を見ると、「フン」と口元を緩めた。厳しい顔の中に僅かな笑みが浮かんだ。


「あなたが、この神社の宮司ですか?」


 秋人が打ちつけられた痛みに堪えながら、立ち上がると女に訊ねた。


 「いかにも。このやしろ宮司ぐうじじゃ。周りは志希名しきなと呼ぶがな。お前らが来ることは分かっておった。ここで追い返しては、夜も過ごせまい。入れ」


 志希名が背を向け、秋人たちを迎え入れた。隼斗も立ち上がり、志希名について行こうと秋人と息を合わせて足を出したとき、鎖が無いことに気がついた。お互い足元を確認し顔を見合わせてから、自由な歩幅で志希名について行った。

  

 鳥居をくぐると、広い敷地に朱色の拝殿が見えた。参道には灯籠とうろうの明かりがつき、先には狛犬の姿が浮かび上がっている。明かりのない夜の山の中でおごそかに浮かびあがる神社は、美しくそれでいて神聖な魅力を感じさせた。


 秋人たちは、拝殿からそれた大きな家屋へと案内されていった。家屋は、本殿と渡しの通路で繋がっており、神社全体で見るとさながら豪商の屋敷を思わせた。


(大きい。陽向の神社の倍以上はある。こんな山奥にあって、氏子も多いとは考えられない。鉄鎖てっさの神が人に与える影響がそれほどあるのか)


 志希名の後で秋人が周りを見渡している。鳥居からここに来るまでに、何人かの巫女を見かけた。その巫女たちはまるでこの神社を警護しているように、秋人たちを見送っていた。


「背の高い男。お主、いま見えぬはずのものを見たであろう。神より賜ったものを身に着けておる。差し詰め、御守おまもりと神が作りし授けものか」


 志希名は振り向くことなく声を掛けた。


「お前、何か見たのか?」


 隼斗が隣に来て小声で秋人に訊ねると、秋人は首を振った。


「怪しいものは見ていませんよ。何人かの巫女とすれ違っただけじゃないですか」

「おいおい大丈夫か。ここに来るまで、巫女さんなんて見かけていないぞ」

「えっ!」


 秋人は驚いて振り返った。遠くに巫女の立つ姿が見えた。


「漣さんは見えましたか」


 秋人はすかさず漣に耳打ちした。


「見えている。あれは、この社の護りだ。おそらく鉄鎖の神の代々の巫女たちだろう」


 漣が秋人の顔を見上げていた。

 

 屋敷に招かれると十畳ほどの広い部屋に通された。


「そのりでは、話すこともできまい。氏神からのもてなしもある。まずは、けがれを落とすがいい。この先に風呂がある。入られよ。案内はこの者がする」


 志希名の隣には巫女姿の女の子がいた。髪を後ろに一つに束ねている。内気で大人しそうな様子が窺え、年齢は霞と同じように見えた。その巫女が大きく頭を下げた。


 秋人も隼斗もゆっくりと頭を下げた。ただ、漣は黙ったまま巫女の顔を見つめていた。


(この子、間違いない。優里ゆりだ。それならば、志希名という宮司に聞かねばならないことがある)


 漣は巫女から志希名の後姿に視線を移していた。

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